7-4 騒動のあとで
◆
管理艦隊からの派遣艦隊、ノイマン以外の九隻は、軽い損傷を受けるだけで集合座標に集まった。
近衛艦隊はこの件の前に脱走艦を二十隻ほど出し、すでに二個艦隊相当が失われていたのが、さらに二個艦隊近い数が失われたと見える。
実質的に、近衛艦隊は戦力が半減し、その弱体化は素人が見ても大きな問題になるのは間違いない。
新規の艦船を建造し、新兵を集めて、訓練し、一つにまとめ、そうして以前と遜色ない四個艦隊を再建するのは、想像するのが難しいほどの大事業になる。
これが統合本部の計算か、とクリスティナは発令所でメインスクリーンを見ながら考えた。
第〇艦隊は結局、地球の守備から動かず、脱走艦と交戦してはいない。
それが、冷静だった、と見るべきなのか、ハッキネン大将の麾下が戦力を温存したのかは、まだわからない。
統合本部からの提案だという特別艦隊の編成計画には、第〇艦隊からも艦を招く計画があったはずだが、その計画は、どうやら成立しないままになりそうだ。
あの大将が自分の部下を渡すとも思えないし、麾下の艦船も特別艦隊へ入ることを拒むだろう。
そうなれば、統合本部が新設する特別艦隊と、第〇艦隊の立場は、複雑にもつれた糸になるのだろうか。
「すごい軍人もいるものですね」
おおよそ、味方との意思疎通が終わって、続行しないだろうが演習を指揮している中将からの連絡を待つ形になり、やっとという雰囲気でケーニッヒ少佐が耳打ちしてきた。
「あんなに苛烈な思いを秘めている男が、近衛艦隊にいるのですね」
「それはそうよ、少佐。近衛艦隊は実戦の機会もないけれど、しかし管理艦隊以上に優秀な人材が揃う。艦船も、あるいは、最新のものでしょう」
「演習の感じだと、それほどの手応えではなかったですけど」
「わからないわよ。何かの瞬間に、力を発揮したかもしれない」
あの演習は形だけだし、とは胸の内だけにしておいた。
管理艦隊、統合本部が描いた絵図面通りに、全てが進み、そして終わりつつある。
ただ、近衛艦隊がここまでいいように振り回されるだろうか。
どこかに演技は含まれていないか。こちらを油断させ、どこかで逆襲することを虎視眈々と狙っていないか。
クリスティナには見える範囲が狭すぎる。ケーニッヒ少佐ですら、見えないだろう。
自分たちが全てを把握していると思っている設計図でも、その外側により大きな何からしらの構造の設計図があり、自分たちはパーツの一つに過ぎない。そんなことがないとは言い切れない。
思わず溜息を吐き、クリスティナは一度、目をつむった。
「お疲れですか、艦長」
「少佐、あなたの方が休みが必要よ」
もう陰謀云々の話は脇に置いておきたかった。
「この前、あなたが倒れた時は、顔面がほとんど死体みたいで、驚いたものよ。今はまだマシだけれど」
「お恥ずかしい」
「殊勝な言葉を口にする前に、しっかり休みを取りなさい。そんなに統合本部はあなたをこき使っているようにも見えないけど」
ケーニッヒ少佐が苦笑いする。
「統合本部は俺に様々な重圧をかけてくるので、もう限界まで重荷を背負っている、という感じです。俺は都合のいい手足ってことです」
「それに目と耳も付いている」
やめてくださいよ、とケーニッヒ少佐が応じる表情からは、また銃を突きつけられる、と思っている雰囲気もあった。
管理艦隊の派遣艦隊は補修作業を進めていたが、その最中に演習の責任者である中将から通信が入った。管理艦隊の全ての艦の艦長と、派遣艦隊指揮官とその副官など、一同に会する通信会議が開かれた。
映像もあるので、管理艦隊側に高揚した雰囲気があるのに対し、中将は明らかに憔悴し、控えている参謀も血の気が引いた顔をしていた。
中将がまず謝罪の言葉を口にし、次に脱走の阻止への協力に感謝を伝えてきた。
艦の損失はないが、物資の補給の打診があり、これは派遣艦隊指揮官が受けることを決めた。中将は交換用の装甲板などを提供することと、食料などの提供も口にしたが、最後まで弾薬の補給は口にしなかった。
艦隊指揮官が、もしもの時のために、と念を押したことで、中将は折れて結局、弾薬の補給も約束したが、この哀れな中将が強く出られないのも、致し方ない。
近衛艦隊としても、ここで管理艦隊といざこざを起こしたくないだろうし、それよりも自分たちが形の上では救われているのだ。
中将が、内心では苦々しく思っているのはわかる。
こういういがみ合いが、どこかで連邦宇宙軍の不利益にならないだろうか、とクリスティナは頭の片隅で考えた。
会議が終わり、補給物資を積んだ輸送船がやってくるのを待つ間も、クリスティナは星海図で、千里眼システムが把握する範囲の近衛艦隊の動向を見ていた。
騒動から時間も経っていない。それぞれの艦隊が集団を作り、形の上で再編されるのはまだまだ先だろう。
輸送船が近づいてくるのも星海図の上で見えた。
「各管理官、集中して」
クリスティナがそういうと、それぞれが了解を伝えてくる。
こういうタイミングで奇襲されることもある。
輸送船はすぐに光学カメラで見えるようになり、護衛艦を連れているが、陣形は特殊ではない。
輸送船が一隻ずつ、管理艦隊の艦船に接舷する。コンテナが開かれ、身軽に強化外骨格が遠隔操作で宇宙空間へ踊りだす。
護衛艦は距離を置いている。
クリスティナはそれを見やりながら、ノイマンにも輸送船から物資が移される様子から、目を離さないように集中した。
(続く)
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