7-2 乱戦、混戦

     ◆


 ノイマンは管理艦隊の派遣艦隊を離れ、準光速航行で短距離を一瞬で渡った。

 地球の引力を利用し、わずかに反るような航路を辿り、通常航行に戻った時には、はっきりと管理艦隊と第二艦隊の艦隊戦の様子が俯瞰的に見えた。

 管理艦隊は第二艦隊の追撃に参加し、ノイマンが単艦で別行動をはじめた形である。

 敵も味方も、シャドーモードのような機能がないため、現状ではミューターはあまり意味を持たない。

 目視で見えるのだから、空間ソナーから痕跡を消したところで大きな意味はないのだ。

「第八艦隊所属の艦船六隻と、第九艦隊の十隻が交戦中」

 リコ軍曹のその言葉に、クリスティナはドッグ少尉に全火器をいつでも撃てる状態にするように指示を出し、トゥルー曹長には装甲をシャドーモードに、推進装置を止めてスネーク航行に切り替えさせた。

 エルザ曹長には、向かうべき座標を指示する。

 今は何もない座標、第八艦隊と第九艦隊の攻防よりもやや遠い。

「さて、来るでしょうかね」

 ケーニッヒ少佐が少し楽しそうに言うが、これから実戦があると思えば、クリスティナはそこまで気楽にもなれないのだった。

「空間ソナーが艦隊がこちらへ来ているのを察知しています。あと二十秒です」

 淡々としたリコ軍曹の言葉を受けて、クリスティナはエルザ曹長に衝突事故への注意を伝えた。すぐに返事がある。

 ここでもし事故が起きれば、台無しだ。

 来ます! というリコ軍曹の声と同時に、至近に戦艦が出現する。

 さらに次々と現れるのは、一個艦隊ほどの艦船の数になった。

 衝突事故は起こらなかったので、まず一安心。

「第六艦隊の一部です。全部で、十隻。他に六隻ありますが、その六隻は本来の配置されている座標を守備する動きのようです」

 いよいよ忙しくなったリコ軍曹の声には、余裕はない。

「エルザ曹長、スネーク航行で戦艦の後を追って。旗艦の、アントニヌスの方です」

 了解の声と同時に、ひっそりとノイマンが動き始める。

 第六艦隊の十隻は、第八艦隊と第九艦隊の仲間同士が争う戦闘宙域へまっすぐに進んでいる。

 位置的には、第九艦隊の後背に向っているようだ。

 あまりにも露骨だが、第九艦隊には余裕はないし、そもそも、第六艦隊を味方と思っているはずだ。

 そのままノイマンが追尾しているのにも気づかず、第六艦隊の十隻は第九艦隊の後ろにつき、第九艦隊はその十隻を加えて新しく陣形を作ろうとした。

 しかしその途中で、激しい爆発が起こり、火炎が一瞬、燃え上がる。爆砕した艦の構造物が飛び散り、さらに炎と光が連続する。

 粒子ビームが行き交い始めた時、第九艦隊はその戦力の三分の一を喪失している。

 攻撃したのは、第六艦隊だった。

「これで大義名分はできた」

 ぼそりとケーニッヒ少佐がいうのに、思わずクリスティナは睨みつけるように彼を見ていた。失言に気づいたのだろう、失礼しました、とケーニッヒ少佐が頭を下げる。

「大義名分がないと何もできないとは、みっともないわね」

 それだけ言って、クリスティナは戦闘の始まりを告げる指示を出した。

 真っ先に、高速ミサイルで第六艦隊の旗艦である戦艦アントニヌスの推進装置を破壊した。

 これには攻撃を受けた方が、何が起こったか、すぐには理解できなかっただろう。

 何もないはずの座標から、いきなり高速ミサイルが飛び出し、回避する間もなかったのだ。

 姿勢制御スラスターでどうにか動こうとするが、あまりに鈍重だ。

 いつでも仕留められる。ノイマンにも、第九艦隊にも。

 しかし誰もそうしないことを、クリスティナはよく理解していた。

 誰も殺し合いなんて、望んではいない。

 第九艦隊はどうにか第八艦隊と第六艦隊の挟撃体勢から脱出し、その時には第八、第六艦隊は一つになりつつある。

 リコ軍曹が叫ぶように、至近に一個艦隊がやってくることを告げた。

「どこの艦隊?」

「第四艦隊です」

 いよいよ近衛艦隊は大騒ぎだな。

 ほとんど全ての艦隊が動いていることになる。

 動いていないのは第〇艦隊くらいだ。

「ここまで見事に予想通りになると、怖いくらいだわ」

 トゥルー曹長が呟く。

 その時にはノイマンはまだ第六艦隊にくっつく形で、瞬く間に戦闘艦二隻、高速艦一隻の推進装置を大破させていた。

 サーチウェーブが行き交い、その不規則な響きをリコ軍曹が電子頭脳の助けも借りて、ミューターで丁寧に潰し、偽装している。

「そろそろ、行きましょうか。あとは第九艦隊がやるでしょう」

 戦場は、第九艦隊の残存艦と、第八、第六艦隊の連合がぶつかっているが、どう見ても第九艦隊の方が不利だ。第九艦隊の生き残りは最後には、敵対している艦船を去るに任せるはずだと予想できた。

 ノイマンはこれから、地球に接近し、そこで月艦隊の様子と、動こうとしない第〇艦隊の動向を確認しないといけない。

 おそらく、その両者には大きな動きはないだろう。

 最初から、彼らは傍観を決め込むし、そうするだけの立場にいると、管理艦隊の派遣艦隊の内部では議論されていた。

 トゥルー曹長が漏らすように、あまりにも想定通りに進んでいる。

 こうなると、ノイマンの行動さえも、事前の予想通りだったのだろうか。

 誰がどの範囲まで、どれだけ深く、事態を予想していたのか。

「エルザ曹長、針路を七六-五五-一二へ。計画を第三段階へ。地球に接近します」

 了解というエルザ曹長の言葉にも、緊張はある。発令所も静かだった。

 呼吸さえも止めたくなるような、そんな沈黙。

「安心しなさい」

 まるで自分に言い聞かせるようだ、と思いながらクリスティナは言った。

「敵は私たちのように、見えない、感じ取れない存在ではありません」

 誰も何も言わず、メインスクリーンの中で、ただしきりきに音を伴わない爆発の光が瞬いていた。



(続く)

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