第7話 闇の中へ消え去る影

7-1 大きな絵図面

     ◆


 クリスティナは一度、艦長席に座り直し、作戦の開始を管理官たちに伝えた。

 今、ノイマンは完全に姿も痕跡も消している。

「第一艦隊から管理艦隊の派遣艦隊にテキストで通信が入っているとのことです。管理艦隊の動きに関する問い合わせです」

「無視します。予定通りに」

 豪胆ですね、と病み上がりの副長がいうのは無視して、クリスティナはリコ軍曹に管理艦隊の姿を近衛艦隊の空間ソナーから消すように指示を出した。

 了解、と短い言葉の後、沈黙が続く。

 すでに第一艦隊は目前だ。

 管理艦隊の艦船が一列縦隊を取り、その第一艦隊の側面へ回る。

 さすがに反応良く、第一艦隊も陣形を組み直しつつあるが、困惑はあるようだ。

 見えるのに感じ取れない、不可思議な現象を彼らは目の当たりにしているのである。

「第二艦隊の動きはどう? リコ軍曹」

 ええっと、などと返事をしかねているリコ軍曹は、なるほど、ミューターの調整で忙しいのだ。

「第二艦隊は演習の宙域へ移動中です」

 そう答えたのはドッグ少尉だった。今のところ、ノイマンは敵を目の前にしていないから、火器管制管理官の彼にその程度は余力があったのだろう。

 もし、どこかの誰かが作ったシナリオがずれてくると、ドッグ少尉の出番もある。

「第二艦隊、増速。近衛艦隊司令部からテキストが発信されていますが、第二艦隊からは応答がないようです」

 やっとリコ軍曹が報告する。

 すでに管理艦隊と第一艦隊はすれ違っている。第一艦隊は演習のプログラムの機能で仮の砲撃戦を展開していたが、管理艦隊は一度の応射もせず、無反応のままただ直進した。

 その針路は第二艦隊の前に割り込む形だが、間に合うかは微妙なところだ。

 事前の計画通り、管理艦隊の派遣艦隊から、足の速い高速艦が先行していく形になる。まずそれが二隻。

 後方で駆逐艦二隻が準光速航行を起動し、姿を消す。この二隻は短距離で通常航行に戻り、高速艦より先に第二艦隊の前方を伺う構えだ。これで残りは五隻とノイマンになった。

 その六隻の後方を、事態を察知した第一艦隊が追いかけてくる。

「第一艦隊からの通信がひっきりなしです。うるさいなぁ」

 リコ軍曹の苦々しげな声にクリスティナは繋ぐように指示した。リコ軍曹が「了解しました」という言葉の後、映像通信を開き、メインスクリーンに顔を紅潮させた准将の襟章の男が映った。

「おい、管理艦隊は何をしている! 演習以外の行動は制限されている! 空間ソナーに細工をするなどもっての他だ!」

 そんなに怒鳴らないでも、と言いたいところを、皮肉で返すことにした。

「第二艦隊の動向を把握していないのですか? 准将閣下」

「予定の宙域へ向かっているだけだ! それのどこが悪い! 何が問題だ! 貴様らは直ちに艦隊をまとめ、指示を待て!」

 何も知らされていないのか? それではこの准将は、それの程度の立場ということだ。

「管理艦隊の派遣艦隊指揮官はなんと?」

 冷静すぎるクリスティナが気に障ったのだろう、准将はほとんど茹で蛸のようになった。

「黙っている! 貴様らは何をしたいんだ! 軍法会議が待っていると思え!」

「なら、無理矢理に捕まえてみてはどうですか」

 挑発しすぎたかな、とは思ったが、もう遅い。准将が怒りに任せて反論する前に、クリスティナは手元の端末で通信を切った。

 すぐに管理艦隊内部で情報を共有し、小艦隊を形成している六隻は、全速での前進を続行。

「もしこれが本当にノイマンをはめる陰謀なら」

 言いながら、クリスティナは斜め後ろに立っているケーニッヒ少佐を見る。彼はいつになく真面目な顔だ。

「私たちはとんでもない下手を打っていて、本当に軍法会議が待っているわね、少佐」

「それはありません」

 わずかに笑みを見せ、少佐が応じる。

「我々の方が大きな風呂敷を広げています。いかようにも包み込めます」

「うまく包めれば、だけど」

 第二艦隊の動きが変化したのは、おそらく彼らが管理艦隊からの高速艦二隻を捉え、同時に更に至近に二隻の駆逐艦が現れた時だった。

 わずかに動きが鈍り、しかし次には前以上の高速で動きだしている。

「強行突破ですか」

 ぼそりとケーニッヒ少佐が呟く。

「これで脱走は実際になったわね。さて、私たちも始めましょう」

 同じ光景を見たのだろう、管理艦隊指揮官から通達があり、事前の計画通りに各艦が動きを変え始める。

 足の遅い戦闘艦がそのまま、離脱しようとする第二艦隊を追いかけていくことになる。これで管理艦隊は脱走に対処しようとしたことになるし、今、追いかけてきている第一艦隊は、第二艦隊を見過ごすことはもうできない。

 管理艦隊の派遣艦隊の戦力では、とても第二艦隊には及ばないが、第一艦隊なら、同程度の戦力がある。

 しかも第一艦隊は、第二艦隊を相手に手を抜けば、独立派に近い思想を持っているとみなされるから、何があろうと第二艦隊を撃破しないといけない。

 事前の情報では、第二艦隊には意図的に独立派寄りのものが集められているという。統合本部による工作、誘導だった。

 その点でも、この脱走は、仕組まれたものなのだ。

「近衛艦隊も、本当に程度が低いわ」

 思わず、クリスティナは笑っていた。ケーニッヒ少佐も笑ったようだ。

 第二艦隊の一部が管理艦隊の駆逐艦と砲火を交え始めるが、二隻の駆逐艦は本気で当たってはいない。回避運動を取りながら、逃げるように移動する。

 その逃げ方が巧妙で、少しずつ針路を捻じ曲げ、第二艦隊のうちの四隻が引きずり出されれば、それは本隊とやや離れる形になり、実質的に第一艦隊に近づいていた。

 管理艦隊の高速艦は、戦闘を無視して他の第二艦隊の八隻を追跡しているが、その八隻ははぐれつつある四隻を待つためか、足を遅くしている。

「第一艦隊は間に合いますね」

 ケーニッヒ少佐の確認に、そうね、とだけ答えて、クリスティナは次の戦場のことを考えていた。

「近衛艦隊司令部から通報です」

 リコ軍曹からの報告。

「第九艦隊が、脱走を意図しているらしい第八艦隊の一部と交戦中」

 始まった。

 これはどうやら、大規模な事態になりそうだった。

 予定通りに。



(続く)

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