6-8 悪夢の再来
◆
ケーニッヒのところへ真っ先にやってきたのは案の定、エルザ曹長だった。
「いきなりぶっ倒れるなんて、予想外だったわ」
医務室でケーニッヒが軍服の上着を着込んでいるところだった。
ケーニッヒがどう答えようかと思っていると、医務室にクリスティナ艦長が入ってくる。エルザ曹長がそれに気付き、二人の間でやや気まずい空気が流れた。
「まあ、元気そうで何よりね」
艦長の言葉に、エルザ曹長が「同感です」と答えている。
それからケーニッヒが寝ている間に起こったことが確認されたが、第一艦隊との演習はこれからだ。
「変なことはしないだろうけど、情報が入っているのよ」
そう艦長が言った時、エルザ曹長が席を外そうとしたが、それをクリスティナ艦長自身が止めた。そっとエルザ曹長が立ち位置を調整する。
「管理艦隊司令部からで、近衛艦隊からの脱走計画があるらしい、ということよ。少佐は何か知っているかしら」
「ええ、それは」
そこまで言って、何を喋るべきか、考えたが、この時は病み上がりだからか、思い切ることができた。
「俺のところに、統合本部から伝わってきたこともありますが、近衛艦隊から脱走艦が出そうである、というのは、確かに俺も知っています」
「どこの艦隊?」
「第一と第二です」
嘘、と笑いまじりにエルザ曹長がいうが、ケーニッヒもクリスティナ艦長も黙っているからだろう、短く笑い声をあげて、それ以上はもう何も言葉を継げなかった。
「ただ、普通の脱走とは性質が違うようです」
そうケーニッヒが説明を始めると、クリスティナ艦長はじっと話に聞き入り、エルザ曹長は居心地悪そうに頻繁に身じろぎした。
説明が終わると、それでどうするのが最善なのかしら、とクリスティナ艦長が指先で顎に触りながら言う。エルザ曹長は鼻の頭を指でかいたり、髪の毛に手をやったりしている。
「これは演習ではないのですから、事態はより困難です」
「管理艦隊の戦果にする、というほど単純じゃないってことね?」
「戦果にするどころか、下手な動き方をすると、そこから管理艦隊そのものを揺さぶられるかもしれません」
つい数分前にケーニッヒがした説明を聞いていなければ、この会話は全く意味不明だっただろう。
今、演習と演習の間にあるはずの艦の中で、実戦について話し合われているのだ。
「管理官には教えていいわよね、少佐。どうせすぐに知ることになる」
「説明は、俺がした方がいいですか?」
「いえ、私がします。とにかく、時間的余裕はあまりないわね」
何かを計算し始めている艦長の横で、エルザ曹長は腕を組んで唸りながらうつむいている。
ケーニッヒの身支度が整うと、艦長はすぐに管理官を発令所に集めた。休憩中だったトゥルー曹長とリコ軍曹が遅れてやってくる。
その場で、近衛艦隊の中からの脱走者が出る可能性と、近衛艦隊司令部がそれを意図的に誘発し、管理艦隊へ間接的に打撃を与えようとしている、という旨の説明が、艦長の口からあった。
質問を許されると、ドッグ少尉がいくつかの質問をした。
いかにも火器管制管理官らしい、脱走艦を撃沈していいか、という質問が真っ先に出た。
「脱走しているのだから、許されるだろうけど、難しいところね。私としては管理艦隊が撃沈したという形より、近衛艦隊内部で衝突があった、としたい」
「そんなに都合よく進みますか。これから起こるのは、実戦です」
「都合良く推移させる妙案を、出して欲しいと思っています」
そうですか、という短い言葉で、ドッグ少尉は別の質問をした。それは補給に関するもので、それほどの長期戦を予想はしていないが、とりあえずは手持ちの弾薬で戦うしかない、ということが確認された。
次に質問したのはトゥルー曹長で、性能特化装甲を本来の性能に戻していいか、という質問だった。続けるようにリコ軍曹からも、千里眼システムへの制限の解除について質問が出た。
「実戦です。出し惜しみはしません」
その一言で、ノイマンが持てる性能の全てを発揮する必要があることが、管理官の間で共有された。
それ以上の質問はなく、それぞれに持ち場につき、全艦の配置も第二種戦闘配置に切り替わる。
すでに地球は至近で、第一艦隊の領域に入ろうとしている。
クリスティナ艦長が、他の管理艦隊の艦船と通信を始め、ケーニッヒもそれに加わったが、驚くほど各艦の艦長たちは落ち着いていた。
さすがに最も実戦の場に出ている将校だと感じさせるものがある。
管理艦隊の派遣艦隊指揮官は、クリスティナ艦長に幾つかの確認をし、作戦がその場で組み立てられていった。中心になるのは指揮官とその周囲の参謀たちだが、管理艦隊独特の、階級を時に無視する議論は、はっきりと、しかし静かに熱を帯びた。
どこかで、演習ばかりやらされている、という鬱屈があったのかもしれない。ケーニッヒは心の片隅でそう思った。
そんな鬱屈が定着すれば、今の近衛艦隊のように、堕落した軍隊が出来上がりそうでもある。
しかし実戦がなければ自分を保てない組織など、まともだろうか。
計画がおおよそ決まった時には、リコ軍曹が空間ソナーで予定の座標に第一艦隊を感じ取っていた。
発令所の上の星海図には第一艦隊の十二隻が次々と現れる。
その星海図には、巨大と言ってもいい地球も映り込んでいる。
また戦闘だ。
生きて帰れないと思うほど悲壮でもないが、心のどこかに虚しさはある。
味方同士で戦うことになるなど、悪夢以外の何物でもない。
しかしすでにその悪夢が現実になり、こうして繰り返されようとしている。
思わずため息を吐くと、クリスティナ艦長がさりげなくケーニッヒを見てくる。具合が悪いと思ったのだろう。
「ご心配なく。ピンピンしています」
そう答えると、クリスティナ艦長はちょっと顔をしかめて、すぐにメインスクリーンに向き直った。
ケーニッヒもそちらを見る。
カメラの最大望遠で、やっと小さな点のように第一艦隊が見えてきた。
(第6話 了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます