6-6 存在しない艦
◆
演習は三週間目に到達し、それまでに第四艦隊、第六艦隊に続いて、第八艦隊の相手を終え、今、第九艦隊の持ち場である宙域へ向かっていた。
第八艦隊も、脱走艦が出た第七艦隊と第八艦隊の連合で、こうなってみると実に近衛艦隊からは一個艦隊を超える脱走が実際に起こったとわかる。
「統合本部の意見もわからなくはない」
発令所で、クリスティナ艦長が珍しくケーニッヒに耳打ちした。
「この程度の艦隊が守備しているのでは、心許ないでしょうね」
「しかし管理艦隊が取って代わるわけにはいかない」
そう囁き返すと、ごもっとも、という返事だった。
第九艦隊が陣を敷いているのを、リコ軍曹が報告した。しかし、予想外の動きをしているという。こちらへ向かってくる。それも攻撃陣形で。
「どういうつもり?」
思わずといったようにクリスティナ艦長が呟いた時、唐突に管理艦隊の派遣艦隊のうちの一隻が通信を途絶する。
「確認して、リコ軍曹。何があったの?」
「駆逐艦ヒューストンは健在です。しかし、これは、演習のプログラム上での撃沈です」
「やられたわね。抜きうちに演習よ。全艦、第一種戦闘配置」
素早く全艦に通達が行き、ノイマンは派遣艦隊から距離を取り、シャドーモードに装甲を切り替えるのと同時に、即座にスネーク航行に移行した。
その間にも管理艦隊は一隻、二隻と脱落し、瞬く間に戦力は半減した。
しかし、とケーニッヒはメインスクリーンに目を細めた。
攻撃しているらしい第九艦隊からは、距離がありすぎる。魚雷攻撃でも、高速ミサイルでも、痕跡が残るはずだ。粒子ビームでもない。
全てが仮想の攻撃だから、実際に攻撃などないのだが、少なくとも演習のプログラムの通りなら、リコ軍曹が何かを察知するはずだ。
第九艦隊が陣形を変え、管理艦隊の側面を一列縦隊のような形で抜けようとする。
自然、管理艦隊も縦列になり、両艦隊がすれ違う時に攻撃の応酬になった。
「違うわね」
ぼそりとクリスティナ艦長が呟く。
見ている前で、管理艦隊のうちの二隻が撃沈の判定。
ただ、そのうちの一隻が第九艦隊からの攻撃ではないように、ケーニッヒにも見えた。
縦列の最後尾で、まだ第九艦隊の有効射程圏内ではない。
「敵に潜航艦がいる、という発想では」
ドッグ少尉がそういった時、とっさにだろう、クリスティナ艦長が舌打ちをした。
「リコ軍曹、周囲を索敵して。怪しい艦はないの?」
「ありません。聞こえませんし、見えません!」
第九艦隊が潜航艦を保有しているとは聞いていない。
しかし今は、それがあるようにしか見えない。
どういうトリックだ?
「スネーク航行を中止、艦を漂流させなさい、エルザ曹長」
「了解です」
すぐに艦長は端末の受話器を取り、機関室に循環器を最低限の脈拍にするように、指示を出した。
艦がしんとしたような気がした。
第九艦隊は残存の管理艦隊の艦を追撃している。通信はノイマンにも入るが、管理艦隊も混乱している。敵がいるはずなのに、見えないのだ。
「こういうのはどうですか」
やはりドッグ少尉が、冷静に言った。
「おそらく敵は、潜航艦を所有はしていません」
「と言うと、少尉は、この演習は第九艦隊がいないはずの潜航艦がいるように偽装していると?」
「空間ソナーでも、リコ軍曹の千里眼システムでも見えない。トゥルー曹長の出力モニターもでしょう。違いますか?」
視線がトゥルー曹長に向くが、彼女はすぐに「出力モニターに乱れはありません」と返事をした。
「やはり、いないのです。インチキですよ」
珍しいドッグ少尉の強い言葉に、クリスティナ艦長は短いが、即座に思案したようだった。
「リコ軍曹、例の、土星近傍会戦でチャンドラセカルがやった手法、あれは使えそう? ミューターを使った、ミューター破り」
はい、できます、とすぐに返事があり、クリスティナはそれを実行するように指示した。
ケーニッヒは発令所の上の星海図を見ている。すでに管理艦隊は残り一隻、戦闘艦が健気に逃げを打っている。第九艦隊の損耗は一隻が撃沈しているだけで、あからさまなワンサイドゲームだった。
そして戦闘艦も撃沈され、いきなりノイマンのメインスクリーンに「演習終了」の文字が出た。
ふざけたことを、とクリスティナ艦長が呟いた時、リコ軍曹が通信が入っている旨を伝えた。第九艦隊司令官のトルバー准将だという。クリスティナ艦長がそれを受けると、メインスクリーンに中年のやや肥満体の男性が映った。
「我々の勝利だな、クリスティナ大佐。ミリオン級など、たいしたものではない。管理艦隊もだ」
堂々としている准将を見て、ケーニッヒは思わず頬が緩んでしまった。准将はそれを見咎めたのだろう、ケーニッヒを指差した。
「貴様、少佐、何がおかしい」
「我々はどの艦に撃沈されたのですか、准将」
ケーニッヒが答える前に、クリスティナ艦長がそう指摘した。
気を取り直したようで、トルバー准将は胸をそらし、はっきりと答えた。
「近衛艦隊が運用する、潜航艦がきみたちを沈めた。極秘で開発されたのでな、正体は明かせないが、有能だっただろう?」
「そんな艦、いないですよね。冗談は他所でやってもらえますか、准将」
全く言葉遣いを無視したクリスティナ艦長に、トルバー准将は困惑したようだった。
「大佐、無礼だぞ。何をもってそのような」
「我々はこの宙域に何ものもいないと、証明できます」
「そちらの性能変化装甲とやらと、スネーク航行は知っている。ミューターもな。姿を消し、痕跡を消せるのだろう? 我々の艦もそれを」
「では、どうやって痕跡を消したのです?」
明らかにトルバー准将は動揺した。そこを見逃すクリスティナ館長ではない。
「ミューターを使った、そうおっしゃる? 准将」
「あ、ああ、そうだ」
「この宙域では、我々が撃沈された時、ミューターは何の意味も持っていないのですよ」
いきなりの言葉に、トルバー准将が目を白黒させるのは、哀れを通り越して、滑稽だった。
(続く)
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