6-5 いがみ合いと結束

     ◆


 第四艦隊との演習が三日で終わり、次に相手をしたのは第六艦隊という形だったが、やけに艦の数が多いというのが第一印象だった。

「第五艦隊は脱走艦を多く出したし、第六艦隊も脱走艦が出て、統合されたようです」

 リコ軍曹がそんな報告をしたので、納得がいった。

 形の上での一個艦隊、ということだ。

 演習の内容は第四艦隊のそれと似たか寄ったかだったが、明らかに動きは悪い。艦船の間の連携に不備が頻発し、一度などはノイマンが奇襲で旗艦を形の上で撃沈すると、次に誰が艦隊の指揮権を取るかで揉め始めた。

「最初に決めておけばいいものを」

 ノイマンを一応の次席である戦艦に向けながら、エルザ曹長が呟いたものだ。

 近衛艦隊がここまで乱れるとなると、統合本部と総司令部のやりとりや考えにも、現実味がある。主導権の持ち主など、もはや曖昧なのだ。

 あるいはその主導権を手中に収めるために、統合本部の発想に、総司令部が相乗りしたのかもしれないが、近衛艦隊の再建は必要不可欠なように、ケーニッヒには思えた。

 この時の演習はひたすら近衛艦隊が不覚をとり続け、全日程が終わった後、管理官以上が出席する大会議が情報ネットワーク上で行われた。そこで、あるとすれば管理艦隊側と近衛艦隊側で対立が起きたかもしれないのが、実際には近衛艦隊内部でいがみ合いが起こったのだった。

 議論というよりはほとんど口論で、実際に面と向かっていたら取っ組み合いを始めそうだと思うほど、みっともなく、幼稚だ。

「まあ、諸君」

 総責任者の中将がそう発言した時には、さすがに誰もがピタリと黙り、ケーニッヒは思わず笑いそうだった。横目で見れば、クリスティナ艦長もわずかに口角が震えている。変なコントを見ている気分になる。

「これは演習だ。実戦ではない。次への糧にしよう」

 簡素な言葉だが、階級意識が強いのだろう、誰もが直立するような感じだった。

 会議が終わると、ノイマンの発令所は途端に弛緩した空気になり、まずエルザ曹長が笑い出し、次にトゥルー曹長も控えめに笑った。リコ軍曹は堪えている。ドッグ少尉はまっすぐ前を見て、どこか茫洋としていた。

「こんな艦隊が地球を守るというのは、なんとも滑稽じゃない?」

「仲良しこよしのお友達グループが仲間割れするのは、胸がすくわね」

 そんな操舵管理官と艦運用管理官のやりとりにも、クリスティナ艦長は割り込まなかった。そういう姿勢で、同感ということを伝えているのだろう。

 管理艦隊の内部での検討会が始まったので、近衛艦隊を嘲笑っている余裕もなくなった。

 どうやら今回の派遣艦隊は、厳密なレポートの提出を求められているようだ。それは艦長たちの仕事で、ケーニッヒは知らされていなかった。

 今回の演習には、ミリオン級に関する分析も含まれているのは間違いなかった。

 敵がミリオン級と同等の潜航艦を所有するのは、連邦宇宙軍の上層部ではすでに確実とされ、数こそ不明だが、いつ、どこで、奇襲を受けてもおかしくないとしている。

 その攻撃を事前に察知するために、ミリオン級の運用とこれまでの経験値が重要視され、今回の演習も、近衛艦隊に最新の潜航艦の実力と脅威を教える一方、何らかの手段で通常艦隊で最新系の潜航艦を迎撃できないかと探ってもいる。

 近衛艦隊の方でもレポートは出すだろうが、むしろ管理艦隊側からの方が、ミリオン級をどう動かすのが最適か、どう反撃するのが最適かは見えやすい。

 検討会は全体会議のやりとりよりやや長く、終わった時には管理官は全員、疲れ果てている、という感じだった。

「久しぶりに、全員で食事にしましょうか」

 クリスティナ艦長がそういったので、自然と管理官は部下に発令所を任せ、食堂へ向かった。本来の任務の最中では、そんな大胆なことはできない。常に誰かしら、艦を指揮できるものが発令所にいないと話にならない。

 食堂ではテーブルを二つ合わせて、七人が集まった。ちゃんと機関室からアリス少尉もやってきている。

 乾杯などと言い出したのはエルザ曹長で、しかし誰も反論せずに、さっとボトルを持ち上げ、中のジュースを飲んだ。さすがに酒が大量に出る場面ではない。

 料理はめいめいに受け取りに行き、大抵が二人前か三人前を持ってくるので、バラバラにつつき合う形になる。

「それで少佐、体調は?」

 女性陣が階級の垣根を越えてあれこれと話をしている横で、隣にいるドッグ少尉がそう声をかけてきて、ケーニッヒは片方の目だけ大きくして見せた。

「どこでその話を聞いたんです?」

「発令所で、エルザ曹長がそのようなことを言っていました」

 おしゃべりな女だな。まぁ、そういうところも魅力的ではある。言ってはいけないことは絶対に言わない、そういう判断もできる。

「まあ、近いうちに治るだろう。全てが片付けばね」

「全てとは、どこまでですか。今回の演習ですか?」

 いやに絡んでくるな、と思ったが、ドッグ少尉は真剣な眼差しだった。

 本当にケーニッヒを気遣っているのだ。

「大丈夫だよ、少尉。すぐに回復する。気にしないでいい」

 無言で頷き、ドッグ少尉は料理を食べるのを再開した。

 食事の中で、エルザ曹長が頻繁にケーニッヒに料理を押し付けるので、仕方なくそれを食べていたが、会食が終わる頃には満腹を越えて、動けないほどだった。

 情けないわねぇ、と笑いながらエルザ曹長が手を振って、参加者の最後尾を歩いて去っていった。

 誰もいなくなったテーブルで空になった皿を前にして、ケーニッヒは椅子にもたれていた。

 まだ食事中の他の乗組員が不安そうにこちらを見ている。

 誰がテーブルを片付けるんだよ。最後に残った俺か? 一人で?

 ゲップをしながら、ケーニッヒはようやっと体を起こした。



(続く)

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