6-7 昏倒

     ◆


 トルバー准将は最後には何も言えず、次はこうはいかんぞ、と捨て台詞を残して通信を切った。

 ケーニッヒは実際に目にしていたが、ノイマンがやったことは簡単だった。

 周囲一帯にある空間ソナーが感知する波の全てを、ミューターで再整理したのだ。

 以前、実際にそれを使ったのはチャンドラセカルで、土星近傍会戦での際どい場面で、敵の潜航艦を暴くのに使った。

 ミューターによる空間ソナーの波を消す波を、さらに消す波をぶつける、という荒っぽいが、実際には繊細な上に繊細な操作が求められる技能だった。

 土星近傍会戦では、敵との間で同じ行動の応酬になり、結果はほぼ痛み分けだろう。

 リコ軍曹はいつだったか、ケーニッヒがいる前で空間ソナーやミューターの技術者と、その使用方法について議論していたことがある。

 その時は聞き流したし、ケーニッヒには専門外だったし、そもそもリコ軍曹を含めた技術者たちは専門用語ばかりで話をしていた。

 しかし雰囲気からすると、チャンドラセカルが行った手法はコツさえ掴めばできそうだ、というところで議論は進んでいるようだとケーニッヒは感じた。

 クリスティナ艦長もそのことを知っていたのだろう。あるいはどこかで、チャンドラセカルの報告書を読んだか、最新のミューターに関する報告書、もしくはその活用に関する理論のレポートなどを見たのかもしれない。

 チャンドラセカルがとっさの判断で手法を編み出すことはできないはず、と考えれば、元の手法を考えた誰かは別にいることになる。科学者か技術者だろう。

 とにかく、第九艦隊はいるはずのない潜航艦がいるなどと口にして、その化けの皮を剥がされた格好だった。

 すぐに総責任者である中将から通信が入り、謝罪があり、しかしそれよりも強い口調で、何が行われたのか、レポートを提出するように指示があった。

 ミューターは認識されていても、ミューター破りはまだ認識されていないということか。ケーニッヒは思わず顎を撫でながら考えた。

 こうなってくると連邦宇宙軍の中でも技術に差がありすぎる。

 どこかで均衡に持っていくべきかもしれないが、同時に全体をベースアップするようなことは現実的には起こらない以上、連邦宇宙軍の中での偏在、もしくは近衛艦隊の中での偏在なども起こりそうだった。

 ミリオン級というものが実に異質なものだと、ケーニッヒは思わずにはいられなかった。

 発想するだけなら、誰でもできる。誰もが姿が見えず、感知されない宇宙船の夢を見るものだ。

 しかしそれを実際の形にして、こうして作った人間は天才だろう。

 大勢が関わったとしても、やはり何か、異質だ。

 通信が終わると、今度は正式な第九艦隊との演習が始まった。

 これがぶっ通しで十二時間に及び、危うい場面も何度かあったが、管理艦隊は善戦しただろう。

 全体が終わったのは三日後で、全体の会議ではおおよそを勝利で締めくくったトルバー准将は尊大さを取り戻したようだった。

 管理艦隊はすぐに次なる演習の相手、第一艦隊の元へ向かい始めた。

 配置が通常配置に変わり、交代で休める。

 ケーニッヒは発令所にいながら、気分の悪さを感じていた。目眩のようなものもある。

 さすがに医務室へ行くべきだろう。今までにない具合の悪さだった。

「艦長、体調が優れないので、外します」

 そう声をかけると、何かを思案していた様子のクリスティナ艦長が勢いよく顔を上げ、そして目を見開いた。

「大変」

 それが艦長の言葉で、それが聞こえた途端、ケーニッヒは体が揺れるのを感じたが、揺れているのではない、床が傾いている。

 違う、自分が倒れこもうとしているのだ。

 何かが力強く体を受け止める。甘い香り。

 艦長が支えてくれたのだ、と気付いたのは、床に寝かされたからだった。誰かが発令所を飛び出していく。

 視界にクリスティナ艦長とエルザ曹長の顔が見える。何か言っているようだ。声が全く聞こえない。音がないだけで、何か、目の前の光景が作り物じみて見えた。

 自分でも何か言っているはずが、自分の声すらも聞こえない。

 二人の女性の顔が滲んだ気がした。いや、滲んだのではなく、すべての輪郭が溶けていく。

 視界に最後に映ったのは、シャーリー女史だったか。

 真っ暗になり、次に何か、耳元で破裂するような音が鳴った。

 視界が明るくなる。

「どんな様子?」

 明かりに影が差したと思ったが、それは本当にシャーリー女史の顔だった。

 何か言おうとしたが、喉が渇いて、口の中もまるで干上がっている。舌が動かない。

「発令所で倒れたのは覚えている?」

 どうにか頷くと、「なら大丈夫ね。今から、高効率経口補水液を持ってくるから」と軍医の顔は消えた。

 経口補水液? 点滴ではなく?

 明かりに目を細めると、なるほど、医務室の何度も見た明かりだ。

 みっともないことをしたな。まずそれを思った。

 こんなに軟弱なつもりじゃなかったが、いつの間にか、疲れが溜まっていたらしい。

 シャーリー女史がすぐに何かの小さいボトルを持ってきて、口にゆっくりとストローを伝わせるように液体を入れてくれる。

 途端に生き返ったような心地になった。

「迷惑をかけちゃったな」

 最初にそんなことを言う自分も、どこか可笑しい。

 シャーリー女史も笑っていた。

「とにかく、あと半日はここにいなさい。眠れそう?」

 今なら眠れそうな気がしたので、無言でケーニッヒは顎を引いた。



(続く)

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