5-3 未来への議論

     ◆


 カイロの会議室に入ると、エイプリル中将が待っていた。すぐそばに副官の大尉がいた。

 敬礼もそこそこに、会議の前に先に伝えるべきことがある、とエイプリル中将が切り出した。

「連邦宇宙軍総司令部で、管理艦隊の解体を唱えているものがいる」

 クリスティナが無言で頷くと、聞いているようだな、とエイプリル中将が渋面なのをよりしかめた。

「我々には総司令部を動かす力はない。管理艦隊は今まで、政治とは距離を取り、ただの戦闘集団、ただの戦力というだけだった」

「だったら、何もできないのではないですか」

 そうクリスティナが返すと、エイプリル中将が視線をケーニッヒ少佐の方に向けた。

「しかし、連邦宇宙軍は二つの頭を持っているようなものだ。総司令部と、統合本部。だから我々は統合本部を引きずり込んだのだ」

 表現を選ばない中将の様子に、クリスティナはケーニッヒ少佐が統合本部より管理艦隊に一歩か二歩は近いのだろうと判断した。

 ただ言葉の内容と響きには乖離がある。

 エイプリル中将は、臆面もなく、苦々しげだった。

「統合本部の力を借り、関係を築いた。だが、統合本部はこちらを出し抜こうともしている」

「いわれない評価、とは言い切れませんね」

 あっさりとケーニッヒ少佐が答えるのに、さすがだと思ったよ、とエイプリル中将が苦笑しながら答えた。

「統合本部の力を借りれば連邦軍総司令部に干渉できるかもしれない。ただ、その見返りも用意しないといけない。そこで今回のノイマンの任務だったのだ」

 思わぬ展開だった。クリスティナにとっては、だ。ケーニッヒ少佐は平然としている。

 すでに管理艦隊と統合本部の駆け引きがある状態で、ノイマンは任務を与えられたのだ。

「おそらく」

 エイプリル中将が何度か顎を撫でる。

「統合本部は火星駐屯軍の整理を始めるだろう。我々はそれに手を貸したことになる。そういう貸しは作れたが、統合本部からすれば、返済可能な借りに過ぎない」

「どでかい負債を統合本部に負わせるつもりですか」

 何も言えないクリスティナの背後で、ケーニッヒ少佐がいう。

「しかしそんなに恩を売れるチャンスもないですよ」

「そうだ。そうなると、こちらが債務者になるしかない」

 へぇ、とケーニッヒ少佐はつぶやくだけで、それに続けては誰も何も言わないので、場には沈黙が降りてきた。

 クリスティナは思考を巡らせていた。

 統合本部が最も欲しがるものが、実は管理艦隊にはあるのだ。

 しかしその領域に踏み込むのは、かなり危険にも思えた。

「我々には、他にはないものがあるのだ」

 やっとエイプリル中将が言ったので、クリスティナは俯けていた顔を上げた。

 やはり苦しげに見える様子で管理艦隊司令官は言った。

「我々が、統合本部の剣となり盾となる。統合本部は、実際的な実戦部隊を持たないからな」

 やはりそこに落ち着くか、とクリスティナは即座に考え、その先を思い描こうとした。

 考えていたことは、クリスティナの想像とほぼ同じことだが、この決断はどう考えても危険だった。

 連邦軍内部における権力争いに干渉してしまうどころか、統合本部のあり方自体も変わってしまう。組織内部の権力のバランスが激しく乱れる。

 それが連邦の分裂と同時に起こると、事態は誰に手にも負えない、混沌としたものになりそうだった。

 ただ、エイプリル中将がそこまで考えないわけがない。

「閣下は」

 やっとクリスティナは言葉にした。

「一度、全てを解体し、管理艦隊と統合本部で宇宙軍再編を主導する、というつもりですか」

 言葉を聞いて、短い時間だけ、エイプリル中将は笑みを見せた。困ったな、というような、弱々しい笑みではあったが。

「少なくとも、管理艦隊はまとまった戦力ではある。それも艦隊の内部は思想的におおよそが同じ方向を見ている、と言える。それは地球連邦の最外縁部を守るとか、跋扈するテロリストと戦うという意味でだ。それが変化した時、あるいは脱走するものがいるのかもしれないが」

 管理艦隊にいるものは、それぞれに使命感を持っているのは、クリスティナもよく感じる雰囲気だ。連邦宇宙軍で最も実戦を繰り返す艦隊としての自負もあるだろう。

 管理艦隊にいれば純粋に、自分は戦いの場に立つ戦士だと、そんな自覚が芽生えるはずだ。

 実際、クリスティナもそうだった。

「管理艦隊が別の目的を持つべきではない、と私も思う。ただ少しは変化しなければいけない。世界が変わりつつあるのだ」

 エイプリル中将の声に、不安がかすかに覗いて見えた。

 この中将が地位や立場に固執する人格ではないのが、不意に理解された。

 ただまっすぐに、平穏を目指しているのだろう。

 しかし平穏を手にするために、戦わないといけない、そんな時もままあるのだ。

 クリスティナはただの一隻の艦を指揮するだけだが、エイプリル中将は全体に目を配り、さらにより上位の立場の者との折衝もある。負担は段違いだろう。

「分不相応だと思いますが」

 クリスティナはほとんど瞬間的に覚悟を決め、言葉にした。

「私が全てを決められるなら、統合本部とほとんど融合するように、接近します」

 ほう、とエイプリル中将が目を少しを大きくした。

「詳しく聞かせてもらおう」

 中将が時計を確認する。

「予定ではトクルン大佐はあと三十分ほどでやってくる」

 それほど長くはかかりません、と前置きをして、クリスティナは自分の中にある想定を言葉にした。

 三十分は、あっという間に過ぎて、トクルン大佐が会議室にやってきた。




(続く)

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