5-4 暗闘が始まる

     ◆


 トクルン大佐はクリスティナとケーニッヒ少佐が同席した場で、統合本部には総司令部への介入の余地があることを話した。

 さすがにエイプリル中将は副官を退室させていたが、クリスティナは当然のようにしれっとそこにいたものの、自分自身では相当に胆力が必要だった。やや場違いではないか、と思うが、会議の形が火星での任務の報告というものなので、同席を許しているのだろうか。

 しかし、ただの大佐に聞かせる話ではない。

「総司令部の内部に、複数のものを配置しています。内部工作は可能です」

 平然とトクルン大佐が言うので、思わずクリスティナは彼を横目に見たが、トクルン大佐はエイプリル中将だけを見ていた。

「管理艦隊の解体を主張するものを、黙らせることもできます」

 そこまで剣呑ではない、とエイプリル中将がわずかに笑みを見せる。

「まるで反対するものを消すような表現だな、大佐」

「我々の身内には、そのようなことを専門とする者もいます」

 トクルン大佐なりの冗談らしいが、誰も反応しなかった。

 大佐自身も、別に落胆はしないようだ。

「他にも、買収することもできますし、弱みを握っている高官も複数います」

「無駄な血を流す必要はない、トクルン大佐」

「血が流れると、我々も困るものです、閣下。最後の手段です」

 それからトクルン大佐が総司令部の勢力図を解説したが、クリスティナも聞いたことのある将官の名前もあるし、政治家の名前も出た。

 連邦宇宙軍は総司令部が最高位に位置して、統合本部はそことは別系統で同じほどの高さにある組織だった。

 総司令部と統合本部の間での暗闘は、都市伝説のように時々、風聞として伝わってくるが、実際のところは誰も知らない。

 しかし今、目の前で展開されるやりとりを見ていると、案外、都市伝説でもないらしい。

 話の中で、エイプリル中将が特別艦隊の話題を出し、語られる中でクリスティナが驚いたのが、統合本部ではすでに選抜のための調査が進んでいることと、その独立派を討伐するはずの特別艦隊が、次なる連邦宇宙軍の中核にもなると見ていることだった。

 これにはさすがにエイプリル中将も色をなくした。

「どういうことだ、大佐。近衛艦隊はどうなる」

「近衛艦隊は第〇艦隊から第九艦隊の中で、一個艦隊近い脱走艦を出していますから、再編されるのは避けられません。正確には、第一艦隊から第九艦隊、ですが」

「しかし、再編だと? あそこは国家の色が濃いだろう」

 もうエイプリル中将は平静に戻っているが、口調には動揺がある。

 発言こそしないが、クリスティナも驚きのあまり、まじまじと統合本部の大佐を見ていた。

 近衛艦隊は十個艦隊で構成されているが、それは全部、七つの国家がそれぞれに運営しているようなものだ。統一アメリカ合衆国が二個艦隊、ロシア共和連邦が二個艦隊、大中華民国が二個艦隊、あとは日本皇国が一個艦隊などと、経済力のある国家が運営している。

 近衛艦隊として一つにまとまり、連携することもあるが、最後の最後には自国の利益のために動くことも考えられた。

 そんな独自色を持っている十の艦隊を、再編などできるだろうか。

 仮に統合本部の意図でそれをするとして、表立って統合本部が動けば、統合本部への風当たりは強くならざるをえない。総司令部の頭越しなら確実にだ。

 何かを隠れ蓑にしたとしても、露見すればやはり統合本部には不利益のはず。

「連邦宇宙軍は、国家の影響から離れるべきだと、統合本部では考え、議論も進んでいます。今、この時もです」

 国家の影響。

 連邦のために戦い、連邦を維持することに注力する。

 しかしその連邦それ自体が、すでになくなろうとしているのではないか。

 そうなれば、新しい連邦さえも、統合本部はすでに絵図面を描いていることになる。

「総司令部は今後、どうなる?」

 エイプリル中将も思案しながららしいが、質問を向ける。この場ではトクルン大佐だけが平然としている様に見えた。

「総司令部の内部に、同様の思想の持ち主がいます。連邦軍の再編があれば、自然と総司令部も作り変えられます」

「そういう政争がもうあるのだな」

「今までもあったのですよ、閣下。それが見える位置で行われている、行われるようになった、そういうことになるかと思います」

 軍人が関わることではない、とクリスティナは思ったが、しかし、自分はそんなことも言えない立場でもある。

 ノイマンの艦長である以上は、乗組員を守る必要がある。

 もし艦長を解任され、一兵卒にでもなれば、何かを投げ出せるだろうか。

 一人の人間として、管理艦隊を離れ、そうしてどこへ行くだろう?

 安息の地なんて、今、どこにあるだろう?

 ふと、宇宙の果てで、自由に生きたいと思う自分に気づいた。

 これが独立派の基礎、心の根底にあるものなのかもしれない。

 今の連邦は、人間が住む土地は、あまりにも、なんと言えばいいか、そう、凝っている。

 いろいろな色が混ざり合い、離れようとしたり、さらに密接に一つになろうとしたり、とにかく、何もかもが渾然一体となった、真っ黒い液体じみている。

 それらから逃れようと思えば、誰も到達していない、果てなき宇宙に向かうよりない。

「クリスティナ大佐」

 いきなりエイプリル中将に声をかけられ、クリスティナは思考の渦から現実へ戻った。

「なんでしょうか、閣下」

「ここでの会話に関しては守秘義務の対象だ。いや、死ぬまで口にはできないな。分かっているだろうが」

「はい、もちろんです」

「ケーニッヒ少佐とは意見交換をするように。少佐には、トクルン大佐との接点という意味もある」

 了解しました、と答えると、エイプリル中将はさっと立ち上がった。クリスティナ、トクルン大佐が直立する。

「敵同士にはなりたくないものだな、トクルン大佐」

 部屋を出る際に、エイプリル中将がそう言うと、私もです、とトクルン大佐は悪びれずに答えた。

 その後に、トクルン大佐はずっと黙っていたケーニッヒ少佐を見遣ったが、これといった言葉もかけないまま何も言わずにただ「失礼」とだけ言って、部屋を出て行った。

 ケーニッヒ少佐と二人だけになり、椅子にゆっくりと腰掛け、そろそろと息を吐いた。

「俺の苦労がわかりましたか、艦長」

 こんな場面でもからかってくるケーニッヒ少佐に、クリスティナは恨めしげな視線を向けることしかできなかった。



(続く)

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