5-2 管理艦隊解体論
◆
へぇ、とクリスティナは思わず言葉を漏らしていた。
場所はノイマンの食堂を出たところの通路で、食堂でケーニッヒ少佐と顔を合わせ、一緒に食事をしてから、それぞれに部屋に帰ろうとした時だった。
ノイマンは準光速航行をあと二日で終えて、その時にはホールデン級宇宙基地カイロの至近にあるはずだった。
食事の最中は平凡な世間話だったのが、通路に出た途端、その話が出た。
「管理艦隊の解体とはね」
ケーニッヒ少佐の言葉をおうむ返ししながら、全体像を掴もうとするが、同時にケーニッヒ少佐の言葉も続く。
「どうも統合本部の派閥の一つは、管理艦隊を解体して、今のような外部に主眼を置いている姿勢から、もっと内向きの性質の艦隊に変えたいそうです」
「今の管理艦隊をそのまま使えばいいんじゃない?」
「そこはそれ、艦隊の空気、っていう奴を考えると、反発もあろうということでしょう。管理艦隊は分割されて、バラバラの艦隊に割り振られるでしょう」
「別々の艦隊と言っても、いろいろありそうね」
その通りです、とケーニッヒ少佐が控えめな笑みを見せる。
「離反するものを討伐する特別艦隊、地球を守る近衛艦隊、これがほぼ決まりでしょう。月にも防衛艦隊を置いて、これは現状のままの規模かと。火星が難問です」
「独立運動が再燃すると思っているわけ?」
「内部からの情報では、だいぶ活発になりそうらしいですよ」
内部、というのが何を示しているかも、気になった。
火星地表の都市部、そこの住民のことかもしれない。統合本部は市井にさえ、間者を配置しているらしい。
「火星の独立運動は、ほとんど消えたと思っていたけど」
「それがしぶとく、潜伏していたらしい。俺だって、もう終わったことだと思いましたが、潜伏と言っても、たぶん、人間自体はほとんど残らず消えたでしょう。世代が違う」
「つまり、思想だけが密かに継承され、今というチャンスに合わせてそれが表に、まるで種が芽吹くように生まれたってわけか」
そんなところです、と言ってから、ケーニッヒ少佐は話を元の筋に戻した。
「管理艦隊は、あまりにも一体感がありすぎて、その上、やや秘密主義が過ぎた」
「連邦軍総司令部に報告はしていると思うけど、あなたの目から見て、どういう評価かしら」
「俺の知っている情報を総合すると、管理艦隊司令部からの報告は、九十点ですね」
どうやらこの少佐は一割の秘密がある、と言いたいようだった。
それで? と、先を促すと、ケーニッヒ少佐は重大なことを平然と口にした。
「管理艦隊がその戦力を運用するために調査している宇宙空間に、複数の通信装置があります。土星付近です。その一部が総司令部には報告されていない。もっとも、通信装置は休眠状態らしいですが」
「嘘おっしゃい」
反射的にそうは言ったが、真面目な視線が返ってくる。こうなるとクリスティナとしては、沈思するしかない。
全くありえない、とは言えないからだ。
ケーニッヒ少佐はさらに踏み込んでくる。
「ついでに言えば、例の超大型戦艦の件も大きい。あれはほとんど、管理艦隊のスタンドプレイだったじゃないですか。もっとも、総司令部やらに通報していれば、判断が遅れ、あんな事態になる前に敵に先手を打たれたでしょうけどね。管理艦隊もですが、統合本部も俺がいながら、総司令部には発覚直後に通報していない、という事実もある。その辺りで、管理艦隊は危険視されるし、一方で統合本部とズブズブということになります」
ややこしい政治向きの話だった。
「艦長、おそらく非支配宙域に帰る頃には、管理艦隊の今後について、本格的な議論になります。トクルン大佐は覚えていますね」
「ああ、あの」
女のボディガードを連れている、と危うく言いかけ、ぐっと飲み込んだ。余計なことを言うべきではない。
「あの大佐が一応、統合本部の意を受けて動いています。利用するのは骨ですが、そうとわからないように操縦はできるかもしれない。もっとも、向こうはこちらを操縦しているつもりですが」
「少佐、私に何を求めているわけ?」
歩きながら話していたので、すでにケーニッヒ少佐の私室の前に来ている。
「寄っていきますか?」
そう言われたが無言で首を横に振ってみせた。肩をすくめたケーニッヒ少佐が、声を低くする。
「おそらく、管理艦隊は俺を使おうとします。俺が一番、統合本部に近いと思っているでしょうから。そしてその俺の上官である艦長をうまく巻き込めば、議論はできる。今、管理艦隊は事情を知っていて、自分のものとして管理艦隊と同調する意見を持つものを必要とするでしょう」
「私は軍人だけど、軍隊を運営する立場じゃないのだけれど」
「そういう真っ当な意見を無視する程度に、管理艦隊は厳しい立場と状況だろう、という観測です」
ややこしいこと。思わずそう言って、他に話は? と確認した。
「今のところ、艦長には事情を知ってもらうだけで構いません」
「少佐、もし私が、解体論に傾いたらどうするの?」
「え? そんなこと、あるんですか」
ふざけてそう返されたので、クリスティナはさすがに頭に血が上りそうだったが、もう一つ、確認しないといけない。
「あなたはどちらの陣営? 解体派? 保守派?」
その質問に、ケーニッヒ少佐は少し悩んだようだが、あっけらかんと言った。
「俺は面白いと思った方に、つきましょうかね」
ゲームか何かだと思っているのだろうか。
もういいわ、とクリスティナはケーニッヒ少佐の前から離れた。少佐は「考えておいてください」と言ってから、すんなり部屋に入ったようだ。背中を向けていたの見てはいない。
艦長室で折りたたみ式の寝台を出して、そこに横になり、クリスティナは少し思案した。
管理艦隊がなくなる、か。
格好の戦場は、なくなるということか。
それよりも、信頼できる艦隊がなくなることが気になる。
クリスティナが知っている範囲では、管理艦隊から独立派に走った艦船は一つもない。
あまりに辺境で、思想が浸透しなかったのかもしれない。もしくは、国家の意思を超越していたのかもしれなかった。
管理艦隊は、何にも拠らない、不自然な艦隊なのだ。
そして維持するためには強い後ろ盾がいる。
この難題は、二日が過ぎて、カイロに到着してからも、答えは出ていなかった。
(続く)
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