4-7 深化

      ◆


 食堂で食事をしていると、ケーニッヒ少佐とトゥルー曹長がやってきた。

「一緒にいいかな」

 そうケーニッヒ少佐が声をかけてくるので、エルザは向かいの席を身振りで示した。トゥルー曹長はここ数日、落ち込んでいるが、まだ崩れてはいない。

 トゥルー曹長はエルザの横に座った。しかしなかなか、食事に手をつけようとしない。

「美味いもんじゃないけど、食べたほうがいいよ」

 そう促すと、無言で頷き、トゥルー曹長がクラッカーにパテを塗り始めた。

 ケーニッヒ少佐はすでに緑色と赤い色のゼリーをスプーンで崩している。

「こいつはおそらく既定路線だが」

 そのケーニッヒ少佐が食事をしながら、低い声で言う。

「俺たちが調べている情報をもとに、連邦宇宙軍はおおよそが再編されると思う」

「再編って、どういう形でです?」

 言いながらもエルザは食事の手を止めなかった。しかしトゥルー曹長は手を止めている。

 淡々と、ケーニッヒ少佐が話す。

「まず、絶対に連邦に忠誠を尽くす、という奴らだけの艦隊を作る。これは特別艦隊とか呼ばれるらしい。全部で五十隻ほどになるはずだから、五個艦隊程度だな」

「それで、他は?」

 やっとトゥルー曹長が口を開いた。横目で見ると、鋭い視線がケーニッヒ少佐に向けられている。

「他は、地球近傍からは遠ざけられる。月からも」

「火星は?」

「火星は、どうなるかわからないな。不自然な話だが、連邦軍の中枢は、地球をまず安全にしようとするだろう。火星には火星で、選べる道がある。連邦に従うか、それとも独立するか」

 馬鹿な、と呟いたトゥルー曹長の声には力がない。

 つい数日前まで、その火星で火星駐屯軍同士が争うのを、目の当たりにしていたのだ。

「火星の独立運動は、やっぱり、うまくいかないのかな」

 そう少佐に問いかけられ、そうですね、とエルザは古い記憶を探った。ケーニッヒ少佐がこの話をしてるのは、火星出身のエルザの意見が知りたいのかもしれない。

「結構、厳しいんじゃないですか。私が知る限り、表立って火星独立を口にする人はいなかったし、むしろ、それはタブー視されていたと思いますよ。火星は人口も少ないし、武力もないし、権利もないし」

「少なくとも、これを機に権力を獲得できる、とは思わないのかね」

「そういう発想をすること自体が、ダブーかな」

 ままならないな、と顔を歪めてケーニッヒ少佐が呟く。

 ゆっくりとトゥルー曹長が食事を始め、会話は自然とケーニッヒ少佐とエルザの間で交わされた。

 火星の独立の可能性と、その障害になるもの、障害を打破する手段。

 こんなことは連邦でも火星自治政府でも議論されるだろう、とは思ったが、自分たちのような末端でもこういう議論をすることで、何かを深めることはできる。

 エルザは両親に聞かされたが、現代人は政治からあまりに離れすぎている、という見方もあるのだ。

 両親は火星自治政府に家庭の中では批判的だったが、それよりも火星民の無気力的な姿勢を嘆いていた。

 今もかろうじて残っている民主主義の矜持は、しかし形骸化し、誰もがどこかの誰かに政治を投げつけ、政治を志す者は、職業として政治家を目指す。

 今でも選挙制度はあるが、両親は選挙制度こそ民主主義を骨抜きする、と言っていた。

 当時は幼すぎてよくわからなかったが、いやに記憶に残り、成長してもそれを時折、思い出した。

 選挙制度があり、誰もが選挙に行くが、投票することは政治に参加することではない、という趣旨の理屈が、両親の主張だった。

 本当に政治に興味を持つ、という形は、政治活動することだ、というのだ。

 一票を投じたところで、何も変わりはしないし、要は誰かが掲げた理屈に相乗りして、それがうまくいけばいいが、失敗すればただ見限り、次は別の誰かの理屈を選ぶ。

 本当に必要なのは、自分の中で理屈を組み立てること、それも大勢が利を得る理屈を思い描くこと、と両親は言っていた。

 中等科で学んでいる頃には、両親の主張はおおよそ見えたが、しかし、周囲の誰にもそれを伝えなかった。叔母夫婦にも。

 異質に見えるだろうし、誰もそんな話を聞きたくもない。

 そういう拒絶もまた、政治をおかしくさせるんだろう。

 ケーニッヒ少佐は連邦というより、統合本部を信じている、信じたい、と思っている気配だった。

「俺もそろそろ、腹を決めなくちゃいけないかもな」

 そう言って最後のクラッカーを口に放り込み、咀嚼する彼に、エルザはすぐに言葉を返した。

「今まで、腹を決めずにこの船に乗っていたのですか? 少佐殿」

「今のは言葉の綾だよ。覚悟はしている」

「統合本部に消される覚悟を?」

 言い過ぎだぞ、とケーニッヒ少佐は笑っている。

 兵士たちの間の噂話で、クラウン少将暗殺事件は、独立派の工作ではなく、内部の者による粛清だということが、まことしやかに囁かれている。

 もちろん、粛清ではなく、クラウン少将が敵に内通していたという事実を元に処断した、と見るものが多い。ノイマンなどは、暗殺事件の直後にチューリングが敵に奇襲され、その上、安全座標まで露見していたことを知っているから、クラウン少将が内通者だったのは、想像が容易い。

 それでも、処断ならまだしも、内部の権力闘争で粛清されるとなると、穏やかではいられないな、とエルザは繰り返し考えていた。

 連邦が割れつつあることで、管理艦隊はにわかに足場が揺らいでいるのは事実だろう。

 それを司令部は、統合本部との共同歩調で、乗り切るつもりか。

 食事を終えたケーニッヒ少佐が、またな、と手を振って食器を下げに行った。

 まだトゥルー曹長は、ゆっくりと食事をしている。

「気にしないほうがいいよ」

 トゥルー曹長の肩を叩き、エルザも席を立った。

 もう時代は変わりつつあるし、世界もまた、変わりつつあるのだ。




(続く)

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