4-6 傍観者
◆
火星駐屯軍は現在では、番号で言えば第三十艦隊が一番若く、そこからの二十個艦隊からなる。
艦隊を示す番号は数年に一度、整理されるが、その内部は変わらない。国を基礎とした艦隊である。
一個艦隊が十二隻を基本とするので、全部で二百を超える艦船が火星駐屯軍を構成しているが、超大型戦艦の判明と一連の騒動の後、まるまる三個艦隊に当たる三十隻以上が脱走し、どこかへ消えていた。
一部は超大型戦艦の護衛艦隊となり、別の方面では離反艦隊と呼ばれる集団を形成し、土星近傍会戦の後は、呼吸を合わせたように土星より遠くへ消えていった。
現在、火星駐屯軍は整理の段階で、やや慌しい状況らしい。
それを示すように、火星駐屯軍の宇宙艦隊は頻繁に配置換えをしていることが、ノイマンが火星近傍に到達する前から、千里眼システムを利用して把握することができた。
ノイマンでは議論が何度かあり、トゥルー曹長は自分たちが高みの見物を決め込むだけでいいのか、そのことを繰り返し、艦長に確認した。
言葉を向けられたクリスティナ艦長は、余計なことは手に余ることだ、と一蹴していた。しかしトゥルー曹長は諦めないし、ここに至って、ややトゥルー曹長とクリスティナ艦長の間に、亀裂が入りそうでもあった。
それが解消されたのは、火星近傍に到達する日、管理官全員が発令所に揃った時だった。
「火星駐屯軍から脱走する可能性が高い艦隊の情報は、既に入っています」
そうクリスティナ艦長が言ったので、エルザは肩越しにそちらを見た。トゥルー曹長は完全に振り返っていて、逆にドッグ少尉は無反応だった。
「今まで黙っていたのは確実性がなかったからです。ごめんなさいね、トゥルー曹長」
艦長の穏やかな声に、トゥルー曹長が狼狽しているのはエルザにはよくわかった。
「統合本部が火星駐屯軍の内部事情を手繰っている最中でしたが、ほぼ決まりです。ノイマンが現場に着いて、ほどなく、騒動は始まるでしょう。それもかなり、大規模な」
「戦闘になるのですか?」
トゥルー曹長のその声は、顔を見ずとも確信が持てるほど、顔面蒼白であることを連想させる響きだった。
「対処するのは、火星駐屯軍です。つまり、火星駐屯軍同士の小競り合い、もっと発展すれば衝突、という表現になります。我々は単艦で、なんの戦闘力もありません。高みの見物が嫌だと思っても、結局、それ以外に選択肢はありません」
「しかし、見殺しには……」
「管理艦隊は、難しい立場に置かれつつあるわ。連邦に組み込まれていいように使われるか、独自の路線を選べるか。それには統合本部との折衝が必要で、さらに言えば連邦宇宙軍に迎合したり、反発したり、複雑な過程が間違いなく、あるでしょうね。今のノイマンの任務は、その一環です」
確かに、ノイマンはこれから戦場をただ見物し、自分たちと同じ側に立つものが意味なく散っていくのを、見ることになるだろう。
どうやら本当に、平和な時代は終わってしまったらしい。
できることといえば、可能な限り早く安定を取り戻すことだが、エルザにはそれが、連邦の解体なのか、連邦の再生なのか、よく見えなかった。
あまりにも世界は広がりすぎた。
地球だけではなく、月、火星、そして木星。あるいは土星。その先もある。
人間の限界を超えた版図が目の前にはあるように思えた。
トゥルー曹長は黙り、「失礼しました」とだけ答えた。
ノイマンは火星近傍に到達し、通常航行へ戻ると、装甲をシャドーモードにしてスネーク航行を選んで進み始めた。
ミューターも使っているため、誰にも見えないはずだ。
部下を二人加えて、リコ軍曹は火星の周囲の宙域を完璧に把握し、今、発令所の頭上には火星を中心とした立体映像の星海図が浮かんでいる。
進むこと三日で、事態は始まった。
まず第四十一艦隊から二隻が脱走を始める。敵味方識別信号が生きているので、即座に攻撃は僚艦にはできない。
その二隻を追うように、同じ第四十一艦隊の五隻が追跡を始め、残りは配置されている本来の座標に残った。
やはり識別信号が生きているので、二隻を五隻が攻撃するのか、それとも五隻も二隻に同心しているのか、何もわからない。
通信は見る間に混乱していった。
その時には急な動きが全体で、一斉に始まり、リコ軍曹の報告が頻繁になった。
第三十八艦隊が丸ごと配置されている座標を離れ始め、それとほぼ同時に第四十三艦隊が動き出す。やはり全艦が移動している。
光が瞬き、交戦が始まった。
そこは第四十一艦隊でも、第三十八艦隊でも、第四十三艦隊でもない。
第三十一艦隊が第三十七艦隊とぶつかり始めた。
それでも敵味方識別信号が生きている。
「リコ軍曹、全てを記録していますね?」
冷静なクリスティナ艦長の言葉に、リコ軍曹がすぐに返事をする。
状況は入り組んで、戦闘を展開する両陣営の、どちらが連邦派で、どちらが独立派かは、わからない。
撃沈される艦が出始め、悲惨な様相を呈してきた。
トゥルー曹長が急に息を吸ったので、何かと思えば、泣いているようだ。
そこまで仲間同士で戦っている者たちに同情できない自分が、正しいのか、どこかおかしいのか、エルサ曹長にはわからなかった。
管理艦隊が二つに割れれば、自分も身を切られるような思いをするだろう。
目の前で戦っている火星駐屯軍の中には、エルザの知り合いもいるだろう。
ただ何か、遠くの出来事、創作の中の出来事を見ているような気分だった。
戦闘は三日ほど続き、全部で二十二隻が撃沈され、十三隻が重度の損傷を受けた。
そして脱走した艦は、全部で三十四隻だった。
総数で五十隻以上が失われ、つまり、今回だけで本来の戦力の四分の一近くが失われている。
これほどとは、といつだったか、ケーニッヒ少佐が呟いていた。
それには管理官たちは、無言だった。
(続く)
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