4-5 新しい任務
◆
一ヶ月半の訓練は厳しかったが、実戦より過酷な訓練でなければ、意味はない。
訓練の後、乗組員には二週間の休暇が与えられたが、エルザはホールデン級宇宙基地カルタゴから動かなかった。
新しい任務については管理官の間で情報が共有され、どうやら火星へ向かうことになる。
そこで、独立派勢力に呼応する火星駐屯軍に紛れている連中を、観察するようだ。
排除するわけでもなく、もちろん、討伐するわけでもない。
どの艦隊、どの艦船が裏切るかを、見るのだという。
管理艦隊が火星へ向かうのも異例だが、ノイマンには地球へ行った経歴がある。それが重要視されたのかもしれない、とエルザは内心、考えていた。
そんなところへ、解放宣言と呼ばれる動画が送られてきた。
ちょうど食堂でトゥルー曹長と雑談をしながらの食事の最中で、広い食堂で一斉に通知音が鳴り響き、さすがに百戦錬磨の管理艦隊の人間でもざわついた。
動画を見終わって、エルザは、まぁ、などと言いながら食事を再開した。
火星というところにも独立運動はある。しかし今は下火で、かなり前には過激な独立派活動家が大勢いたのを、大規模な摘発で根こそぎにした、という過去がある。
「あまり驚かないのね、エルザ曹長」
トゥルー曹長にそう水を向けられても、エルザは肩をすくめるしかない。
「ありそうなことだと思ったかな。これだけ大規模にやるとなると、もう後へは引けない、とは思ったけど」
「戦争になるんじゃないの?」
「戦争を回避することもできる」
そうやり返すと、トゥルー曹長は怪訝な顔になった。
「答えは簡単」
エルザは持っていたフォークをトゥルー曹長に向ける。
「独立したい人たちを自由にすればいい。何もしませんから行きたいところへ行ってください、ってね」
「それって、チャンドラセカルがやったことを、連邦の正式な政策にしろ、ってことでしょ? でも連邦は、分裂するのを好まないと思う」
「もう分裂したも同じよ」
そう答えて、食事に戻るエルザである。
その翌日、ノイマンの管理官は集められ、解放宣言について議論した後、何が起こるかは予測不能だが、ノイマンの任務は予定通り開始される旨が、クリスティナ艦長から通達された。
休暇を終えた乗組員が期日には揃い、任務開始当日になる。
エルザも久しぶりにノイマンの発令所で、操舵装置の前に立った。
手はいつの間にか、震えなくなっている。
仲間がいることが、心強いようだ。
今、発令所には全員が揃っている。ドッグ少尉、リコ軍曹、トゥルー曹長、副長のケーニッヒ少佐と、艦長のクリスティナ大佐。
失敗することはないだろう。
もしもの時でも、どうにか生き残れる気がするから不思議だ。
希望的観測なんてほとんど役に立ちはしないが、手の震えを抑える効果はあるらしい。
「行きましょうか」
クリスティナ艦長が、メインスクリーンの表示で作戦開始時間になったのを見て、いっそ淡白といってもいい声で言った。
ノイマンはホールデン級宇宙基地カルタゴを離れた。
準光速航行はすでに計算が終わっている。タイミングを合わせて、エルザがレバーを倒した。
これで二ヶ月は安全な旅ができる。それが終わるときには、火薬庫のようなところのすぐそばに飛び出すことになるが。
艦運用管理官はミューターや出力モニターの調整を始め、そのトゥルー曹長の様子を横目に、エルザもノイマンが向かう先の航路を確認した。
一週間ほどが過ぎた頃、たまたま発令所に詰めている時、クリスティナ艦長とケーニッヒ少佐が何か話しているのが聞こえたが、効かないようにした。
盗み聞きは趣味じゃないし、聞いたところで意味はないだろう。本当に聞かせたいなら、名を呼ぶ。
「エルザ曹長」
急にクリスティナ艦長に声をかけられ、エルザは素早く振り返った。実は、期待していたのかもしれない。
「何でしょうか」
「火星駐屯軍にいた時の知り合いは、まだいるかしら」
「いえ、管理艦隊が長いので、もうほとんど繋がりはありません」
そう、とだけ答えて、クリスティナ艦長が二度三度と頷いたので、エルザは端末に向き直った。
その日、食堂でケーニッヒ少佐と顔を合わせて、何を訊ねたわけでもないが、ケーニッヒ少佐の方から教えてくれた。
「艦長は火星駐屯軍の内部情報を求めているんだよ。少し前にドッグ少尉にも同じことを確認した」
「それは少佐の役目じゃないの?」
この副長が、元は統合本部の工作員だったのは、もう管理官の中では暗黙の了解になっている。それなのにケーニッヒ少佐もまったく平然としていて、ふとした時にエルザの方が不安になったりする。
敵味方がわからないのが、今の連邦だった。
食事の後、部屋まで移動して話を続け、さりげなくケーニッヒ少佐の様子を確認したが、彼も重要なことは言わない。
雰囲気としては統合本部にも何か陰謀があるらしい、と推測の上の推測とはいえ、形の上だけの推測ができる程度の収穫しかなかった。
管理艦隊を助ける意図なのか、利用するだけの意図なのか、エルザはケーニッヒ少佐からどうにか聞き出そうとしたが、ケーニッヒ少佐も甘くはない。器用に受け流され、踏み込めなかった。
「たまには泊まってく?」
色仕掛けも通じないだろうと思ったが、そう言っていたのは、ほとんど本音だった。
何かが、エルザの中で足りていない。
安堵、だろうか。男の存在に安堵を求めるなんて、女々しいこと、と心の隅で何かが囁いた気がした。
ケーニッヒ少佐は微笑み、そっと頬に口づけするだけで「また今度な」と手を振って部屋を出て行ってしまった。
もう、などと思わず声を漏らして、エルザは折りたたまれていた寝台を開いた。
管理官には一人部屋が与えられていて、これは発令所に一番近いところを与える、という意味もある。
一人きりになると、狭い部屋でも落ち着かない。
横になって右手を目の前にかざしてみる。
まだ、わずかに震えている。
大丈夫だ、と自分に言い聞かせて、エルザは目を閉じた。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます