4-4 追憶

     ◆


 ミリオン級潜航艦は三隻だけが建造される、特殊な艦だった。

 その性質は姿を消すことにあり、そのための新規の装甲と航行システムを持っている。

 エルザは初期からシミュレーターで、その新規の航行システム、スネーク航行への習熟に努めた。

 推進装置や姿勢制御スラスターを使わず、艦そのものが自然と動くそれは、操舵にちょっとしたコツがいるのは、操舵部門にいたことも経験しているというクリスティナ大佐からも聞かされていた。

 管理艦隊でバラバラの艦に乗っていた操舵部門のものが集められ、最初はエルザもそのうちの一人のつもりだったが、クリスティナ大佐が、エルザが管理官となり、部下を決めろ、といってきた。

「あなたのとっさの機転に期待しているからね」

 そう言われてもエルザは困惑するしかないが、上官の命令を無視できないし、反抗もできない。

 集まっている兵士は全部で三十人で、この中から五名を選び出す必要があるという負荷を、エルザはどうにか乗り切った。

 五名は階級を意識したつもりはないが、エルザより上位の者はいない。

 訓練を受けていた中に少尉が一人、准尉が一人いて、どうやらクリスティナ大佐に疑問を呈したようだ、とわかったのは、エルザが同席する場面でクリスティナ大佐が二人に対して、ある場面のシミュレーションをくぐり抜けろ、と指示した時のことだ。

 訓練基地コルシカのシミュレーションルームで、まず准尉が席に着いた。エルザとクリスティナ大佐は観戦である。

 シミュレーターは哨戒艇の操舵を想定していて、准尉は余裕たっぷりな様子だった。

 しかしすぐに宇宙海賊が現れ、唯一の武装の粒子ビーム砲を破壊され、狼狽し始めた。

 それを見た時、思わずエルザはクリスティナ大佐を見ていた。

 このシチュエーションは、エルザが実際に直面した事態だった。

 准尉は逃げ回るが、人工知能がいつまでも準光速航行の計算ができず、やがてそのまま准尉の操る哨戒艇は撃沈された。

 少尉も同じだった。そして揃って、クリスティナ大佐に苦情を言い始めた。切り抜けるのが不可能な事態だ、というのだ。

 どこ吹く風で、彼女にはできたことよ、と大佐がエルザを見ながら言うので、エルザ本人はどういう態度でいるべきか迷った。

 どうにか、平然としたそぶりで二人の士官を見ることを選んだ。

 ほとんど射殺さんばかりだったが、二人は去っていった。

 こうして問題は排除され、ミリオン級潜航艦二番艦ノイマンは、徐々に人材が集まり、形になった。

 試験航行を行い、その間に大勢の乗組員と知り合った。

 同じ管理官ではエルザはトゥルー曹長と親しくなり、しかしトゥルー曹長はどこかよそよそしかったが、それが本来的な人格だということもやがてわかった。

 ドッグ少尉なども話してみると面白いが、この少尉は、どこか薄暗く、重苦しい雰囲気をまとうことが多い。

 副長はヤスユキ・オイゲン少佐で、垣根を作らない人である。

 試験航行からの、一度目の、不本意な形で中断する任務が終わると、副長が変わった。

 ヤスユキ少佐の代わりに、ケーニッヒ・ネイル少佐が副長としてやってきた。

 すぐに打ち解けたが、一度だけ、一線を超えたのはエルザにしては珍しいことだった。

 しかしケーニッヒ少佐が何も気にした様子を見せないので、自然と、一夜だけの過ち、と思うことができた。

 そうして二度目の任務が始まり、地球へ行くことになった。

 地球から超大型戦艦を追い、絶体絶命の危機を救われ、補修を受けたらすぐに次の任務。

 そこで土星近傍会戦に加わり、エルザの中で何かが変わったかもしれない。

 いや、はっきり言って、変わった。

 手が震える。

 これは、現実だ。

 エルザの意識が覚醒し、今まで見ていた長い夢が終わる気がしたが、目を覚ましてみれば、そこはホールデン級宇宙基地ウラジオストクの、客室の一つだった。

 短く呻いて、頭が痛むのに気づく。

 限度を超えた痛飲だったか。ベッド脇の自分で用意しておいたアルコール分解薬のボトルを手に取り、さっさと飲み干した。

 時計を見ると、あと四時間で宇宙ドックズーイに戻るシャトルに乗る必要がある。

 おそらくそこから訓練艦か何かで、実際的な訓練が始まるだろう。もう全員が報告書を出し、聞き取りも終え、他にやることはないのだ。

 エルザは夢に見た、今までの様々な場面を繰り返し検討した。

 うまくやってきたじゃないか。

 そしてきっとこれからも、うまくやれるはずだ。

 ベッドから起き上がり、部屋に酒瓶が空になって二つ転がっているのを見て、バツが悪い思いがした。それを拾い上げる時には、もう二日酔いの頭痛は消えていた。しかし嘔吐感があるので、思い切ってトイレで胃の中を空にした。

 そうしてみると、何かを食べる気持ちも湧いてくる。

 何気なく手を見てみると、まだ震えている。

 しかし徐々に消えてきてもいる。

 また、命の危機、それもとびきりの状況に置かれることがあるかもしれない。

 それを考えるのは、今はやめよう。

 一度、目をつむり、エルザは服を身につけ始めた。

 休暇は、終わりだ。



(続く)

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