4-3 駆け出し

     ◆


 管理艦隊では、やはり哨戒艇を任された。

 ただ、木星近傍は地球や火星とはまるで違う。

 はっきり言って宇宙海賊の庭に近い。彼らは連邦宇宙軍の支配がまだ完全ではない、木星近傍を根城にして、大規模な施設さえも擁しているのだ。

 その上、管理艦隊は設立されたばかりで、当時はまだストリックランド級宇宙基地のテヘランとキエフがあるだけだった。

 新規の宇宙基地を建造中で、地球や火星からある程度を組み立ててから運んでくるのだが、これが宇宙海賊に狙われることもあれば、管理艦隊ができたことで、そこへの補給物資が膨大なものになるのも、やはり格好の標的にされた。

 だから管理艦隊の哨戒艇というのは、最初はほとんど実戦部隊に近い立場だった。

 戦闘のために高出力の粒子ビーム砲が装備され、小型の無人戦闘機も組み込まれてる。

 エルザからすれば、この最新の哨戒艇さえも、宇宙海賊には垂涎の的に見えるだろう、という感覚だった。

 管理艦隊に配属され、ほんの半年の間に、エルザは三度、宇宙海賊と遭遇した。

 火器担当の若い伍長は一度目の戦闘で失態をさらし、しかし二度目の戦闘では宇宙海賊の船を一隻、航行不能にした。

 当時の管理艦隊などこんなもので、天才やエリートの集まりというより、ほとんど冒険者気分の軍人の集まりだった。だから若いものが多い。しかも出世コースでもないので、やってくるものには無頼派のようなものも大勢いた。

 三度目の戦闘では、宇宙海賊に反撃を受けた。粒子ビーム砲が破壊され、担当の伍長が悪態をついたが、エルザにそんな余裕はない。

 操舵装置をひたすら操り続け、逃げ続けた。

 準光速航行の計算を人工知能にやらせたが、あまりにも船が不規則に動くため、ままならない。操舵装置を操りながら、エルザが自分でおおよそを計算した。

 どうせ短距離、短時間だ。事故は起こらないだろう。起こったら、運が悪いというだけのこと。

 両親の乗っていた輸送船の残骸が、脳裏に浮かんだ。

 両親は運が悪かったのだろうか。

 際どいところで、計算した座標に飛び込み、エルザはレバーを倒した。

 メインモニターが真っ暗になり、すぐにカウントダウンになる。最初から十秒だ。

 手が震えていたのにエルザは気付いた。しかし押し倒したばかりのレバーを強く握ると、その震えは治まった。

 十秒は数える間もなくゼロになり、レバーを引き戻した。

 メインモニターに映像が回復。

 生きているらしい、と火器担当の伍長が小さな声で言い、エルザは無言で椅子にもたれた。

 これが終わりではない。

 さらに次の半年で、エルザは四度、宇宙海賊と接触し、どうにか生き延びた。

 そんな日々の中で、叔母とのやりとりは続けたが、いつの間にか結婚相手のことばかり言われるようになり、エルザはそれを無視したり、聞き流したりして、軍務に打ち込んだ。

 叔母夫婦の間の双子は、片方は有名大学から何かの研究所に入ることになり、傍目にも成功していた。もう一方は何かで挫折したようで、無職で叔母夫婦と同居することになる。

 そんな解答が出る前に、家庭なんてままならないものだ、とエルザはいつからか思っていた。

 血筋で繋がっているのは特別なようで、ある場面ではそれは何の言い訳にもならなくなる。

 しかしその裏で、絶対的な結束も見える。

 叔母はきっとエルザの幸せを少しは願っているのだろう。それはあるいは、自分の姉の代わりに、という責任感かもしれないけれど。

 しかしその責任感に報いる行為が結婚するということとは結びつかないのが、エルザの正直なところだった。

 それは最初からずっと変わらない。

 管理艦隊で数年を過ごす間に、哨戒艇ではなく、駆逐艦の操舵管理官の下につく下士官になった。序列では五番目なので、発令所にいることは少なかったが、駆逐艦の発令所というのは、エルザには新鮮で、自分が本当に軍艦に乗っている、という実感が持てた。

 哨戒艇など、エルザの両親の乗っていた船に毛の生えたようなものだったからでもある。

 駆逐艦にいたのは、ほんの一年の間で、その間に序列は一つ上がっただけ、階級は曹長になった。

「ちょっといいかい、曹長」

 発令所の当直が終わった時、艦長席の初老の大佐が言った。

 直立すると、楽にしていい、とすぐに言われ、次には電子書類が手渡された。

「次にカルタゴへ戻った時、会いたいそうだ」

 そう言われて、電子書類を素早く読んだ。

 管理艦隊司令部から、聞き取りをしたい旨がそこに書いてある。会いたい、という表現を艦長が使ったのだから、査問ではないのだろうとエルザは考えた。

 そうしてホールデン級宇宙基地カルタゴに戻った時、エルザはその人と会った。

 会議室にいたのは男性用の連邦宇宙軍の制服を着た女性で、軍人にしては珍しく長い髪をしている。美しい金髪だった。波打っているそれが光っているようにも見えた。

「あなたがエルザ・スターライト曹長ですね。私はクリスティナ・ワイルズ大佐です」

 エルザが敬礼すると、大佐は簡単に敬礼し、椅子に座るように身振りをするが、エルザは礼儀としてクリスティナが座るのを待った。次に、雰囲気に自分が飲まれていないことを、しっかりと把握した。

 クリスティナ大佐と向かい合い、話が始まったが、話題は船の操舵に関するもので、ともすると専門的になるので、エルザはどうにか表現を噛み砕いて話した。

「大佐のご専門はなんですか?」

 そう確認すると、クリスティナ大佐が苦笑いする。

「艦運用、操舵、その二つでは管理官をやったわね。でも今は、艦を指揮する立場です」

 そう言われて、やっと目の前の女性の年齢を正確に測っていなかったことを、意識した。

 あまりにも顔が整っているので、二十代前半でも通りそうだが、おそらくは三十をいくらか超えているだろう。それは見た目ではなく、話している中の知識や、階級などを加味しての推測だった。

 おそらく士官学校出身者。

「それでね、曹長。私の艦で、ちょうどいい操舵士を探しているところなのよ。それで、あなたに声をかけた」

「私は、何も特別なところはありませんが」

 何か目の前の金髪の女性からの迫力に負けて、ついにエルザの意気も挫けかけた。答えの言葉の頼りなさに、弱気が表れていた。

 この大佐と比べれば、大抵の人間は凡人だ。

 しかし、気にした様子もなく、にっこりと笑うと、クリスティナ大佐は「私の判断ですから、安心して」と言った。

 安心も何も、不安しかない。

 しかしエルザはそこで、クリスティナ大佐からの説明を受け、最後には話に乗ることにした。

 建造中の新路線の潜航艦。

 それに乗れる機会をふいにするものなど、いないだろう。



(続く)

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