4-2 夢見た世界
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エルザが生まれたのは火星の地表で、地球化が進んでいる部分でも中心部に近かった。
しかし住んでいるのは安いマンションで、両親は雇われ操縦士、雇われ機関士として、小さな輸送船に乗って仕事をしていた。火星に帰ってくるのは、年に一ヶ月ほどで、それ以外は宇宙を移動している。
エルザも幼い頃は両親について、ひたすら宇宙を飛び回っていたのだが、六歳になると学校へ通う必要があり、それまでは通信講座と両親の教育だったのが、ちゃんとした学校へ入れよう、と両親が決めた。
その時、エルザはできる限りの反発をした。
学校に行かなくても、通信教育を受けることができたし、宇宙開発が発展するにつれ、そう言った形式の教育もある程度の市民権を獲得していた。
しかし両親はエルザをほとんど騙すようにして、火星にある公立学校の初等科に放り込んだ。
建てられて三十年はゆうに経っている安マンションと、スクールバス、古びた学校。それだけがエルザの世界になった。
受け入れるのに時間はかかったが、やがてエルザは受け入れざるをえなかったし、そうしてしまえば、この先の展望も見えた。
自分も操舵士になればいいのだ。母が操舵士だったから、自然とそう思った。
そしていつか自分の船を持って、その船で両親を雇っている運送会社に参加して、両親の操る船と、他に数隻で、船隊を組む。
初等科の子供が考えるには現実的だが、ほどほどに夢想が挟まり、それもあってエルザには実現可能に思えたし、実現する価値もあるように思えた。
それが永遠に叶わなくなったのは、十一歳の時だった。
学校にいると、突然、教室に事務員がやってきてエルザを呼んだ。
その顔が真っ青で、汗をびっしょりとかいているのが、よく見えた。
連絡してきたのは連邦宇宙軍の火星駐屯軍の、その下部組織だった。
内容は、エルザの両親の乗った船の信号が途絶えたと運送会社から通報があり、現在も捜索しているというものだった。
遭難したのだろうか。それとも事故か。
海賊に襲われたのかもしれない。
そんなことを考えているエルザは、それほど焦っていなかった。
どうせ誰かが見つけて、両親は戻ってくる。
三日が過ぎた。連絡はない。十日が過ぎても、連絡はない。捜索隊は何も見つけない。
両親が行方不明になってから、かろうじて縁のあった母親の妹、叔母がやってきて世話をしてくれたが、十四日目に、エルザは泣き叫び、そして叔母に頬を張られた。
何を言われたか覚えていない。
ただ自分が泣き崩れたのは、覚えている。
結局、そのままエルザは叔母に引き取られたが、結婚したばかりで、子供はおらず、それがむしろ叔母夫婦にはエルザを本当の意味で受け入れることを拒絶する材料になった。
エルザは短い生活の中で、はっきりとそれを理解し、どうにか自分がここから脱出する方法を考え始めた。
叔母夫婦の冷たい視線から。火星という狭い土地から。
どこまで続く宇宙へ、どうやったら脱出できるのか。
義務教育が終わる十五歳で、エルザは決断し、叔母夫婦は特に気もなくそれを受け入れた。その時、叔母夫婦はまだ三歳の双子の面倒で忙しく、エルザに構う余地はなかった。
学校の成績で選択できる、連邦軍の訓練学校を選び、受験し、合格した。
志望は宇宙軍。部門は操舵。
訓練学校には様々な年齢の者がいるが、エルザは自分を強く持ち、社会への反抗心、叔母夫婦への反発心、そして世界へのほとんど呪詛に近い思いで、激しい訓練を突き抜けた。
十八歳で正式に採用される。火星駐屯軍の一角の第二十五艦隊に所属する哨戒艇で見習いとして二年を過ごし、階級は伍長で、哨戒艇の操舵を任されるまでになった。
血の滲むような努力、という言葉が、エルザの中にはあった。
命がけの努力をすれば、何かが掴めるはずだ。
そんなところへ、火星駐屯軍から連絡があり、両親の乗っていた輸送船の残骸が見つかった、と知らされた。
両親の乗っていた輸送船の一部が見つかっただけで、ほとんど原型はなく、両親の遺体も見つからない。
エルザは泣きもしなければ、表情ひとつ変えなかった。
ただ、叔母と話し合い、形だけの葬儀をした。やってくるものも、ほとんどいない、さみしい葬儀だった。
そしてエルザにその後を決めることになる情報がもたらされたのは、二十二歳の時だった。
木星のあたりを拠点とする、管理艦隊という名前の新艦隊が設立されるという。
その艦隊への異動を希望するものを連邦宇宙軍の中で募っているのに、エルザは一も二もなく、飛びついた。
宇宙の果てまで、いけるかもしれない。
この火星から、離れられるかもしれない。
書類を送り、試験が行われ、面談になり、そして二十四歳の時には晴れて管理艦隊に配属されることになった。
階級は軍曹。
荷物も少なく、身軽に、友人に見送られるだけで、エルザは木星へと旅立った。
(続く)
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