3-8 権謀術数

     ◆


 さすがに、トクルン大佐に連絡を取った。

 統合本部の一員ではなく、ノイマンの副長という身分でである。秘密回線を使ってもよかったが、今は何も隠すことはない。

 場所はホールデン級宇宙基地カルタゴの通信室の一つで、大勢が方々と連絡を取り合っていたので、部屋に入るまで四十分ほど待っていた。

「統合本部では、とりあえずの方針を変えないことにした」

 映像に映っているトクルン大佐は、どこか目が血走っているように見える。目の下にクマもあるようだ。

「もう彼らの行動を止めることはできないんだよ、少佐。もう彼らは、はっきりと自分たちを定義した。地球連邦ではない、とね」

「ええ、それは間違いないと思います。どれだけ、同調する者がいるでしょうか」

「南半球がややキナ臭い」

 南半球か。東南アジア連合、オーストラリアが関与しているのは間違いないし、どうも南米もおかしいとケーニッヒも聞かされていた。ほとんど噂話だが、信憑性のある噂話だ。

「統一アメリカ合衆国が、南米を飲み込みたがっているようだ」

 ケーニッヒの何かを感じたのか、トクルン大佐の方からそういった。

 地球連邦成立より前に北アメリカはアメリカ合衆国がカナダを統合して、統一アメリカ合衆国が成立している。南米を併呑する動きは、大昔にあったと聞いているが、連邦成立を機に南米が一致団結して共同体を構築したので、この悲願、宿願は、先送りになっているのだった。

 今、機が熟したと見ているだろうが、地表で勝敗が決着するような時代ではない。

「連中も知っているよ、制宙権の事はな。今、近衛艦隊も大変だ」

 しっかりと要点を押さえるトクルン大佐に、ケーニッヒは無言で頷き返した。

 地表でどれだけ土地を制圧しても、宇宙を制さない限り、どこを攻撃されるかわからない。

 対宙防御システムはあるだろうし、衛星軌道上に防衛目的の戦闘衛星を打ち上げているのも、連邦に認められている各国の権利だ。

 数に制限があって万全ではないから、地上にいるものは常に宇宙からの攻撃を気にしないといけないのは、今も間違いない。

 そういう意味では、国家というものが地上に張り付いているのは、不利益しかないのではないか。

 ただ、生きるのに必要なものを生産する場所、という意味だけあれば、その意味を持つ別のものがありさえすれば、いっそ土地などいらないのかもしれない。

「とにかくだ、少佐。ノイマンには火星の様子を見てもらう。今回の件で、火星にも動揺が絶対にある。あるいはこれは、好機かもしれないのだ。動くものは動き出し、動かないものは相対的に見えてくる。ノイマンの改修が終わったタイミングは、完璧だな」

 その言葉の裏に何かあるのか、反射的にケーニッヒは考えた。

 ノイマンが蘇るのと同時に、解放宣言がある。

 まさか独立派の中に、それも中枢に、統合本部は食い込んでいるのか。

 ありえないとは思うが、統合本部にできないかと考えれば、結論は曖昧とはいえ、できるかもしれない、とも思う。

 それくらいの能力はあるし、人員も豊富で、どこからでも、どんな組織にでも入っていける性質がある。

 ケーニッヒを管理艦隊に送り込んだのも、統合本部の能力の一端だった。

 統合本部の本当の意思は、全く見えない、奥の奥にあるのだろう。

「少佐、ノイマンが何を見たかは、きみからの報告を求める気はない。どうやらきみはあまりに、管理艦隊に染まりすぎたようだ」

 そう言われて、ケーニッヒは口にしようとした統合本部への疑問をぐっとのみ込んだ。

 今の言葉は、俺を切って捨てるということか。

 しかしまさか、命乞いするわけにはいかない。そうすれば、さらなる疑いを招くか、いいように扱われるだろうとしか思えない。

 統合本部に心は売り飛ばしたが、魂は売ってはいない。

「管理艦隊は、有能です。魅力的なほどに」

 そう答えると、トクルン大佐がじっとケーニッヒを見据えてきたが、ケーニッヒはわざと茫洋とした視線を返した。

 沈黙の後、大佐の「ノイマンに任務を成功させろ」という言葉を残して、通信は切れた。

 通路に出て、次に待っている乗組員と入れ違いになり、ケーニッヒはゆっくりと通路を進んだ。

 とにかく、火星だ。

 脱走騒動の最中で、誰が敵で、誰が味方かを見極める。

 管理艦隊はそれを統合本部のために行う形を取るが、やはり非公式任務で、結局はまた綱渡りだ。

 どうしようも無い。

 ノイマンは軍艦で、乗組員は軍人だ。

 命令された通りに動き、任務を達成することが至上命題になる。

 しかし今、誰が誰に命令を出すのだろう。

 もしかしたら、自分に命令を出す存在を選べる、そういう時期なのではないか。

 生き延びる方につくか、破滅する方につくか、どちらにもつかないか。

 管理艦隊は、どれを選ぶのか。そして統合本部はどれを選んでいるのか。

 考えても、仕方は無い。

 立ち止まり、天井を見上げて、強く目を閉じた。

 仕方は無い。

 頭を振って、前に向き直り、ケーニッヒは歩き出した。

 任務はもう間もなく始まる。

 避けようも無い。

 進むしか無いのだ。




(第3話 了)

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