3-7 解放を告げる言葉

     ◆


 ノイマンの改修には二ヶ月もの時が必要だった。

 乗組員は宇宙ドックのズーイを離れ、全員でホールデン級宇宙基地カルタゴへ行き、そこで急遽、駆逐艦を与えられた。その駆逐艦で訓練を繰り返した。船に乗らない時も、各管理官が頻繁に部下との間に会議を持ち、さらにシミュレーターも多用して、技術と連携を確認した。

 そんな日々が続いて一ヶ月半が過ぎた段階で、乗組員は一度、二週間の休暇が与えられたが、これは全員がどういう性質のものか、間違いなく把握しただろう。

 つまり、これが再びノイマンに乗る前の最後の息抜きだ。

 ケーニッヒはカルタゴでも各管理官と話したり、乗組員に混ざっていたが、大抵はクリスティナ艦長と議論していた。

 二人きりのこともあれば、他に数人の士官が参加したりする。カルタゴにいないものは、通信で参加である。

 内容は、土星近傍会戦の戦闘の推移を振り返り、どういう展開が選べたか、どういう展開になると危険か、ということを繰り返し検討した。他にも所属不明の離反艦隊と遭遇した時や、離反艦隊を迎撃する戦闘を想定したり、敵からの奇襲への対処を想定したりもした。

 その中でもミリオン級をどう運用するのが正しいかが、クリスティナ艦長とケーニッヒの議論で、他の士官が入る時は彼らが管理艦隊の艦船の指揮官かそれに準ずるものなので、ミリオン級が通常の艦船とどう連携できるかが、やりとりされる。

 それもかなり具体的にだ。

 話をしてみると、士官の大半は、どうやらミリオン級の存在を知っていて、性能もおおよそは把握している。

 ただ、最後の一線で、どこまでミリオン級が力を出せるか、それは知らないらしい。

 数回だけ、キッシンジャー准将とリン少将が参加したが、クリスティナ艦長は特に気後れもせず、意見を展開し、図上の艦隊運動を訂正したりもした。

 キッシンジャー准将が明らかに敵意むき出しで、検討が終わるとクリスティナ艦長が「あの頑固頭め」とぐちぐちというのも通例になった。

 とにかく、ノイマンは直った。

 乗組員たちが休暇に出かけても、ケーニッヒはカルタゴに留まっていた。

 今、トクルン大佐が乗り込んでいる駆逐艦ニューマンはホールデン級宇宙基地カイロにいると聞いているが、頻繁に移動し、移動中のことも多い。

 どうやらトクルン大佐か、別の誰かが描いた統合本部の絵図面通りに、事態は推移しそうだった。

 クリスティナ艦長から、ノイマンは火星へ向かうと聞かされている。任務の具体的な部分は、すでに管理官の間で議論され、おおよそが整理されてもいる。

 やるべきことがないので、気晴らしにカルタゴのバーで一人で酒を飲んでいると、クリスティナ艦長その人がふらっとやってきたのには、さすがにケーニッヒも緊張した。

 バーを見回した大佐が、さっと手を上げて近づいてくる。

「あなたはどこかへ休暇に出かけないの?」

「そういう大佐こそ、なぜ出かけないのです?」

「私は両親と折り合いが悪い。妹とも関係は良くない。つまり誰も、私を歓迎しない」

 俺は歓迎しますよ、と危うく言い出しかけた。

 命知らずというより、セクハラで訴えられるかもしれない。その方が怖い。

「あなたは別の事情がありそうね、少佐」

「まあ、家族に負い目があるという意味では、別の事情ですが事象にはそれほど差はありませんね」

 ケーニッヒは統合本部に入った時から、家族に嘘をつき続けている。

 統合本部に引き抜かれた時、訓練の中で、自然と嘘をつけるようになれ、と教えられたものだ。

 他人に対して、それはできる。実際、出来てきた。

 しかし家族には難しい。露見することはなくとも、苦痛は大きい。

 もちろん、今まで、話すべきではないことどころか、仕事の全てを嘘で塗り固めて、まったくの作り話をでっち上げて話してきた。

 他人が嘘を真面目に受け取っても少しも苦しくないのに、両親が嬉しそうに嘘を聞いていると、何がかずれているのを感じるのだ。

 そしてそのズレは、時間とともに大きくなり、何かの時に痛みを発する。

 もう両親とは十年近く、会っていない。話をした時も最初は映像通信で会話したが、自然と音声だけになり、その通信もしないようになった。メッセージはたまに送るが、ほとんど仕事とは無関係で、生きていることを伝えるだけになる。

 学生から正式に統合本部に採用された頃は、両親が結婚相手候補の情報を送ってきたりしたものだが、もうそれもない。

 どこかで、自分の家族はおかしくなった、と思うしかないケーニッヒだった。

 隣の席でクリスティナ艦長がウイスキーをバーテンダーに要求する。バーテンダーは短く返事をして、すぐにウイスキーを出した。

 自然とケーニッヒの手元にあるウイスキーグラスと、彼女のグラスが触れ合わされた。

 涼しい音がした。

 一口、飲んでからクリスティナ艦長が何か言おうとしたようだが、その時、携帯端末が音を上げた。

 それも一つではない。

 ケーニッヒ、クリスティナ艦長、その二人だけではなく、バーにいる全員の携帯端末が同時に音を立てたのだ。

 緊急警報か、と携帯端末を取り出す。しかし緊急警報なら艦内放送もあるし、そもそも端末が勝手にアナウンスを始めるはずだ。

 端末のモニターには「地球連邦政府の特別放送について」というメッセージを受信した表示と、それには動画が添付されている表示がある。

 思わずクリスティナ艦長と視線を交わしてから、ケーニッヒはそれを開封した。

 動画には壮年の男性が映り、何かを語り始める。複数の言語の字幕も付いている徹底ぶりに驚きながら、耳を澄ませた。

 これがのちに「開放宣言」と呼ばれる、独立派の声明だった。



(続く)

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