3-6 密やかな駆け引き

     ◆


 食事会自体は、ズーイの食堂の一角でつつがなく終わった。

 すでに顔を見せているノイマンの乗組員が声をかけてこないのは、ケーニッヒに理由があるというより、新顔のお偉方に恐縮しているんだろう。

 もしくは不信感をすでに持っているかだ。

 問題は、食事の後、トクルン大佐がケーニッヒと二人で話をしたい、といった場面から始まる。自然と部下は下がるようだったが、シナモン大尉が同席を希望し、よく分からないショートコントのようなやり取りの後、シナモン大尉の同席も認められた。

 場所はズーイにある小さい会議室で、入るなり、シナモン大尉が盗聴機器などがないか確認し始め、さすがにケーニッヒも笑ってしまった。

「シナモンちゃんは用心深いな」

 次の瞬間、空気が冷凍されたようになったのは、シナモン大尉がものすごい顔でケーニッヒを睨んだからだ。嚙みつくどころか、今すぐ首と胴を生き別れにさせてやりたい、と思っているような気迫だった。

「彼女をからかうのは賢明じゃないぞ、少佐。気をつけろ」

 ゆったりと椅子に座ったトクルン大佐がそう言って、身振りで椅子の一つを示すので、恐る恐る、ケーニッヒは腰掛けた。戻ってきたシナモン大尉がトクルン大佐の背後に控える。

「まず、これだけははっきりさせたい」

 大佐がそう切り出す。

「統合本部は、管理艦隊の独立性を尊重したいという意見と、管理艦隊を抱き込んである種の防壁にしたいという意見と、その二つの間で議論している」

「統合本部、というのは、連邦宇宙軍の総意、ということではないですよね」

「もちろんだ。連邦が割れるという観測はおおよそで共有されているが、その中でも、再統合を目指すか、それとも志を同じくする者同士が固まっていればいい、という二つの意見がある」

 地球連邦が破綻する可能性があるのは、ケーニッヒにも見えている。

 というより、今の状況を知っている者は、おおよそ全員がそう推測するだろう。懸案は、連邦が破綻すると損をする者と、連邦の破綻を好機と捉える者、この二つがどうしても発生する点になりそうだ。

「管理艦隊はどのように評価されていますか、大佐?」

「管理艦隊は統合本部や、総司令部を含めたその他のどことも協議せず、独立派を送り出した責任を問われるはずだった。しかしそれを、統合本部、それも情報局は多数派工作に奔走して、どうにか潰した」

 なるほど。

 恩を売る、などという次元ではなく、勝手に状況を作っておいて、こういう恩を売った、という既成事実を作ったわけだ。

「エイプリル中将はなんと言っていましたか?」

「あの方は、統合本部の多数派を我々が押さえれば、管理艦隊も力を貸せる、という交換条件を出してきた。意外に強かだし、手間ひまを惜しまない方だ」

 なにやらどちらが先手を打つか、という勝負になっているようにも思える。

「統合本部をどのようにまとめるか、妙案があるとも思えないのですが、大佐」

「それはそうだ。だから、先にカードを切るのは、管理艦隊になる。というより、我々がカードを切ったように見せて、カードを切っているのは管理艦隊になる、というのが実際だろう」

「そのカードとは?」

 トクルン大佐が少し視線を外し、それからもう一度、ケーニッヒの目を見た。

「火星駐屯軍の趨勢を把握することができれば、統合本部の大多数を動かせる、ということを管理艦隊に伝え、管理艦隊は火星で状況を確認する仕事をする。成功すれば、私たちは統合本部をまとめられるという予見を現実に変える。管理艦隊が失敗すれば、管理艦隊の損になり、我々は素早く手を引く」

 火星駐屯軍の趨勢……。

 脱走騒動は頻発していると聞いている。味方の誰が明日には敵になっているか、わからない状態らしい。

 しかし、まさか管理艦隊が堂々と火星に乗り込めるわけもないし、乗り込んだとして、誰が脱走するか、見張っているわけにはいかない。そんな高みの見物を許されるような性質の場面ではないのだ。

 となれば、やっぱり忍び寄るしかなく、管理艦隊は忍び寄るのに最適な艦を保有してもいる。

「なにか、都合よく使われる宿命でもあるんでしょうか、あの艦には」

「便利ではあるな」

 露骨な表現に、ケーニッヒは思わず黙って、目の前の大佐をまじまじと見た。

 平然とした顔でこちらを見てくるその瞳は、奥を計らせない深さがある。

「とにかく、決めるのは管理艦隊だ。ケーニッヒ少佐、きみは今のまま、ノイマンについていればいい。それはそれで価値はあるのだ」

 そう言われた後、じっとケーニッヒは続きの言葉を待ったが、大佐は何も言わないまま、ただ視線を送ってくる。

 ノイマンに乗り込んでしばらく経つが、その間に統合本部からミリオン級の任務や、その艦の性能などについて報告を求める要請はなかった。だからケーニッヒも何も報告せず、やれと言われたことだけをやった。

 今、トクルン大佐がノイマンの情報を求めるのでは、と警戒したが、大佐はそれを結局、口にしなかった。

 統合本部がミリオン級に興味、関心がないなどということが、あるだろうか。

 全くわからない。

 コールタールの沼に手を突っ込んでいる気分だった。

 結局、その日はトクルン大佐は何も言わず、場は解散になった。

 どうやら翌日から、トクルン大佐とその部下は管理艦隊と交渉を始めたようだが、ケーニッヒからすれば、工作員が活動するのは大勢の中でもよく見えた。

 管理艦隊を骨抜きにするつもりか、と思ったが、口出しはできない。

 ただ、クリスティナ艦長は、ケーニッヒをことあるごとに睨み付けるようになった。

 行動せよ、とでも言いたげでも、この女性は言おうとしない。ただ睨む。

 やめてくれよ、と思ったが、個人的意見を言えないのはケーニッヒも同じだった。



(続く)

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