3-5 無為な休暇

     ◆


 通信室に繋がった極指向性通信は、映像付きだった。

 その映像に映っている男性に、思わずケーニッヒは笑いそうになり、ぐっと口元に力を入れて神妙な顔を作った。

 時差があるが、間に合わなかったようだ。

「そういうところは変わらんな、少佐」

 苦々しげに言うのは金髪で、明らかに武闘派な体格をしている人物。名前はロイ・グラーブ。階級は准将。

 統合本部情報局の局長だった。

「いえ、閣下がいきなりこのようなことをするとは、想定外でして」

「何が可笑しい? 少佐」

「何も可笑しくなどありません」

「顔に、可笑しい、と書いてあるぞ」

 元からこういう顔です、と答えたかったが、さすがに我慢した。粛清などされないだろうが、そういう汚れ仕事を請け負うのが仕事なのだ。

「要件をお教えください」

 ロイ准将もさすがに冗談を言いたくて通信をしてきているわけではない。

 局長自ら、伝えることがあるということだ。

「少佐、管理艦隊と統合本部の間で合意があり、そちらに現地担当官という名称で、統合本部のものを向かわせている。常駐して、管理艦隊と統合本部の間を調整する役目を負うことになるだろう。それを表でも裏でも支えてやってくれ」

 現地担当官、というのはいかにもとってつけたような名称だが、人材は選んだだろう、とケーニッヒは即座に理解した。

 ある場面では管理艦隊への情報源になり、ある場面では管理艦隊に対する首輪になる。

 やってくる誰かさんには、そういう役目がありそうなものだが、他はどうだろう。

 情報に限定しなければ、実質的には戦力を持たない統合本部の、手足、剣であり盾であることを管理艦隊に要求する、そのための交渉人だろうか。

「どなたが来るんですか」

「トクルン・ハッキム大佐だ」

「トクルン大佐? そいつは、また……」

 なかなか二の句が継げない名前だった。

 コードネームはピジョンだったはずだ。二十五年ほど前、アジア地域を担当したスパイマスターで、様々な伝説的な仕事をしたと聞いている。

 今、何歳だろうか。間違いなく五十は超えているだろう。

「大佐には部下として八名が同行するが、それには護衛が含まれているから、その点では気にしないでいい」

「護衛とは、剣吞ですね」

 統合本部の中でも情報局は自前の暗殺者を持っているが、その関係で暗殺者を逆に始末することに長けた部隊さえもある。

「シナモン・フランボワーズ大尉というものだ」

「なんですって?」

 訳が分からず、思わずケーニッヒは口調も考えずに聞き返したが、ロイ准将は平然と繰り返す。

「シナモン・フランボワーズ大尉」

「何かの冗談ですか?」

「もちろん、本気の冗談だ。彼女の素性を探るなよ、少佐」

 冗談みたいな偽名で、つまり裏があると匂わせて、それを探るものを逆に摘発するつもりだろうか。そんなバカな……。

 この件には、あまり関わらないでいた方が良さそうだ。

「彼らは今、そちらへ向かうのに使っている駆逐艦ニューマンを拠点とする予定だ。ニューマンは常に移動するが、管理艦隊とはホットラインを設けておく。きみには別に、傍受されない、秘密回線を用意しておく。トクルン大佐からもその筋で連絡があるだろう。よろしく頼む」

「了解しました、閣下」

「時に、ノイマンはどうだね」

 急な話題の転換だったが、ケーニッヒは即座に答えた。

「管理官を始め、乗組員は悪くない技能を持っていますし、艦も高性能です」

 そうか、とだけ言って、准将はトクルン大佐に便宜を図るように念を押して、それで通信は切れた。

 思わずため息をついて時計を確認すると、一時間も話していたようだ。まったく、これだから。お偉方とのやりとりは気を使うから余計に疲れて、うんざりする。

 通信室を出て、クリスティナ艦長に通信で何気なさを装って予定を確かめると、荷造りの最中だと返事が返ってきた。

 とりあえず、ノイマンの乗組員には二週間の休息が認められ、すでに二日が過ぎているが、まだ十日はある。ホールデン級宇宙基地なら、娯楽もあるし、羽を伸ばせるだろう。

 しかし荷造りを優先とは、不機嫌なのだろうか。もう少し、ちょっとしたやり取りくらい、許されそうなものだ。

 あまり深追いするのも潔くない気がして、良い旅を、などと返事を返すと、すぐに「棺桶の中で寝ていると死体になるぞ」という物騒な嫌がらせのような文章が返ってきたので、もう返事はしなかった。

 ロイ准将とのやりとりから十二日後、まさに乗組員の休息が終わる日に、駆逐艦ニューマンが宇宙ドックズーイにやってきた。どうやら統合本部は先を見通して、ほとんどフライングそのものでこの艦を送り出したらしい。

 しかし駆逐艦はドックに入るわけではない、外周の係留装置を使って接舷した。

 結局、ケーニッヒはこの休日の間、ズーイでのんびりと過ごしたが、はっきり言って息が詰まってもいた。移動が移動とも思えず、こんなことならニューマンの正確な到着時刻を先に訊ねておけばよかったが、どういうわけか、管理艦隊では誰もそれを知らないのだ。

 ズーイの全てを統括する管理官なら知っていそうなものだったが、その准将は頑固が売りなので、ケーニッヒは近づかなかった。

 どうせ到着すれば連絡が来る。そんな風に自分に言い訳したケーニッヒだった。

 そうして休暇を無駄に過ごし、休暇が休暇にならなかった落胆の中で、トクルン大佐がやってきたことを、出迎えたことになる。

 チューブを抜けて目の前に来た大佐は、真っ黒い髪には白いものは少しもなく、年齢を重ねたことのマイナスが微塵もない彫刻じみた顔をしている。年齢は五十にはっていないどころか、四十くらいにも見える。背は低いが、決して貧相ではないし、むしろ何か圧力を感じるほど充実して見えた。

 すぐ背後に控えている女性は長身で、階級章は大尉。シナモン・フランボワーズだ。

 何度思い返しても不自然な名前だが、笑うというより、もうむしろ腹が立っているケーニッヒである。

 お互いに挨拶をして、シナモン大尉に続いてやってきたトクルン大佐の部下とも挨拶をして、食事でもしましょうか、とケーニッヒの方から言ってみた。

 そうしようか、とトクルン大佐は人の良さそうな笑みを見せた。

 こういう魅力は、工作員には役立つことがある。

 そしていつでもそういう魅力を発揮できるように、訓練するものだ。




(続く)

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