3-4 対話
◆
クリスティナ艦長はあっさりと答えた。
「火器管制管理官の、ドッグ・ハルゴン少尉が指揮していました」
今度は画面の中で、副長のイアン中佐がヨシノ大佐の方を見たが、ヨシノ大佐はそちらをちらとも見なかった。
「クリスティナ大佐ではないのですか。失礼しました」
「あれは火器管制管理官の、瞬間的な対処です。彼の技量に、私たちは救われました」
「僕にはあの展開はよく見えませんでした。ただ、ノイマンがうまくやれば、パズルのピースがはまるように、うまくいく筋は見えた」
「私はただ、撃沈されると思っていました」
それが自然です、とヨシノ大佐が微笑んだ。
「ほとんど決死の操艦でした。他の管理官もそれに合わせたのでしょう。クリスティナ大佐はいい部下をお持ちです」
「ありがとうございます。助けていただいたことにも、重ねてお礼を」
「助け合うべきでしたし、助け合える地点にいた。そういう巡り合わせでしょう」
このやりとりで、敵潜航艦を撃破した場面についての会話は終わり、あとはミリオン級の運用に関する話題になった。新装備のトライセイルの感触や、性能特化装甲の良し悪しが要点だった。
イアン中佐が黙っているので、ケーニッヒは黙っていたが、その長身の中佐はそこにいるだけで威厳があり、ケーニッヒとしては侮られないようにしよう、ということしか頭になかった。
「ケーニッヒ少佐、あなたの本職はなんですか?」
艦長同士の会話が終わった時、不意にヨシノ大佐が話題をふってきた。
どう答えるべきかは、考えるまでもない。
「一応は、艦運用管理官となっています」
「情報部の方だとか」
苦笑いのヨシノ大佐の言葉に、思わずケーニッヒも笑いを浮かべたが、イアン中佐がものすごい視線で射抜いてくるので、笑いは中途半端な引きつった顔にしかならなかった。
「参ったな。どこでその話を?」
「たまたまです。おそらく、エイプリル中将には策があるのでしょう。あなたを手元に置いておく理由と言いますか」
策だって?
「統合本部と共同歩調を取る、と言いたいのですか、ヨシノ艦長」
そう言ったのはクリスティナ艦長だった。ヨシノ大佐は無意識にだろう、手で顎に触り、指先でとんとんと叩いた。
「それがありそうなことです。今から連邦はもう一度、一つになるしかありません。どれくらいの時間が必要かはわかりませんし、失敗するかもしれません。今、地球連邦は内と外に敵を抱えていますから」
この青年艦長は何をどこまで見ているのか、ケーニッヒには想像がつかなかった。
クリスティナ艦長もケーニッヒも、リコ軍曹でさえ、土星近傍会戦の最後の場面で、チャンドラセカルが発した光信号を見ている。
あの場にいた艦船の、相応の地位のものはみんな知っている。
敵に戦意があるか問うたこと。彼らの意志を尊重して戦闘を停止したこと。
それはまっすぐに見れば、利敵行為、戦闘の放棄に近い。
しかしそれ以上の何かを、目の前のスクリーンに映る青年は、考えたのではないか。そしてそれは、エイプリル中将の意志でもある。
内にも外にも敵がいる、などというシンプルさではないな、とケーニッヒは思った。
事態はもっと激しく捻れ、いつ、そのまま捻じ切れるか分からないようなものだ。
「ここでは何も決まりませんね」
その一言で、ヨシノ大佐は会話を今度こそ終わりにした。彼自身、まだ答えが見えないのかもしれない。
「お時間をいただき、ありがとうございました、ヨシノ大佐。お怪我が早く治ることを、願っています」
「ありがとうございます、クリスティナ大佐。こちらこそ、貴重な話ができました。今まで、あまりミリオン級の乗組員や管理官、指揮官と接する機会がありませんでしたので。次は画面越しではなく、直接会いたいですね。それでは失礼します」
ヨシノ大佐は怪我のせいか、少し不自然に敬礼をして、それにクリスティナ艦長も敬礼を返し、それで通信は切れた。
「リコ軍曹、一応、確認するけどチャンドラセカルの位置はわかった?」
「それが、私の知らない暗号化が行われていて、判然としません。電子頭脳が欺瞞しているようです」
ケーニッヒはその理由を頭の中で整理した。
チャンドラセカルは奥の手として、姿を隠しているのか。
チャンドラセカルは敵の潜航艦に体当たりしたから、もちろん無事では済まなかっただろう。先ほどの二人でさえ、かなり重い負傷をしているようだった。
なら、どこかの宇宙ドックにいるはずだがそれも明かそうとしない。
もう次の任務が計画されていて、その準備だろうか。
ただノイマンほどではないにしろ、改修には時間が必要なはずだ。
「さて、私たちも休暇を取れるのかしらね」
クリスティナ艦長が席を立って伸びをする。急に雰囲気が和んだので、ケーニッヒはやっと短く声を上げて笑うことができた。
「艦長でも、そういう気分になるんですね」
「これでもただの人間ですからね。少佐は何か、予定があるの?」
なんとなく、どこかへ誘われそうな雰囲気だったが、答える前にメッセージが入った通知音を携帯端末があげる。
失礼、と断って端末を見ると、正式な統合本部からの通達で、六時間後、通信を受けられるようにせよ、というものだった。
「六時間だけ、休めそうですね」
顔を上げてそう言うと、クリスティナ艦長は舌打ちでもしそうだったが、それは我慢したようだ。ただ露骨な苦々しげな顔を作って言った。
「じゃあ、とりあえず、食事に行きましょう。私は飲みますからね」
クリスティナ艦長は本当に、一人の人間に戻ったようだ。
こういう切り替えができるのが正直、ケーニッヒには羨ましかった。
(続く)
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