3-3 重荷

     ◆


 宇宙ドックのズーイはノイマンを収容して、移動を開始したようだ。

 それをケーニッヒはノイマンの発令所から見ていた。緩慢だが、見える星が動いている。

 土星近傍会戦と呼ばれることが多い、例の戦闘の結果、管理艦隊はやや打撃を受けた形で、とりあえずはおとなしくするようだ。

 ノイマンそれ自体も、補修には長い時間がかかりそうで、それは次なる改修も兼ねて行われている。もっとも、左舷側はフレームの一部が消滅するほどの打撃で、すぐには形にならないと聞いている。

 艦運用管理官のトゥルー曹長がもっとも働いているように見える。任務に関する報告書を書きながら、ノイマンの損傷の度合いをドックの技術者の中でも上位の責任者と協議していかなくてはいけない。

 この協議が口論のようだと、ドックの食堂で顔を合わせたトゥルー曹長の部下の軍曹が笑いながら言っていた。

 ノイマンはほとんど新しいデザインに変更する可能性もありそうだと、ケーニッヒも小耳に挟んだが、管理艦隊がこれから何を目指すのかは、わからない。

 そんな大規模な改造を施す暇があるのか、それを敵が許すのか、問題はそこだ。

 技術や資金、人員よりも融通が利かないのが、時間だった。

 忙しいといえば、ドッグ少尉も気の毒なことに、憔悴している。表情に感情を乗せず、言葉数が少ない男だったが、より一層、無口になっている。

 土星近傍会戦におけるノイマンの指揮系統の混乱は、クリスティナ艦長が、ありのままを報告するように管理官に指示したので、司令部にも伝わった。

 管理官とはいえ、艦長、副長がいたにも関わらず、ドッグ少尉は指揮権を行使した。

 越権行為であるが、クリスティナ艦長は自ら、自分には対処できない事態だった、と聞き取りでは答えたようだ。

 ドッグ少尉が何を聞かれ、どう答えたかは聞こえてこない。

 しかし他の管理官はあの場面でのドッグ少尉の判断と指揮は的確だった、と報告したといくつかの事実を照らし合わせると見えて来る。

 ケーニッヒも聞き取りでも報告書でもドッグ少尉を好意的な内容を答え、書いたが、聞き取りの相手の中佐に「それであなたはその時、何をしたのです?」と聞かれ、ややバツが悪い思いをしたら。

 開き直り、「尻餅をついていました」と答えた。

 中佐はなんとも言えない顔をして、手元の端末に何かを入力したのだった。

 とにかく、任務は形としては区切りとなり、次の任務は艦が回復してからだ。乗組員は自由になり、大勢がドックから宇宙基地へ向かっている。

 戦死者の正確な数字は、ドックに着く前に発令所へ上がってきた。

 全部で四十二名が死亡した。二割を超える損耗だ。負傷者は重軽傷を合わせるとさらに四十名ほどで、つまり無事だった乗組員は全体の二割だ。

 この損耗を問題視する意見も司令部ではあったと、ケーニッヒは艦長その人から聞いた。

 クリスティナ艦長は淡々と自分への否定的な事態を口にすると、少し眉尻を下げたものだ。

「私が責任を取ろうにも、四十人分の命は、重すぎるわね」

 さすがにこの人でも、打ちのめされるものはあるのだ、とケーニッヒは意外に感じたが、クリスティナ・ワイルズという人間もやはり人間なのだ、と当然のことを思い出した。

 仲間が傷つけば悲しみ、苦しむ。

 ケーニッヒ自身、忸怩たる思いはある。

 もし自分が長く宇宙船に乗っていて、操舵や火器管制、艦の指揮に自負を持っていれば、あの戦闘は今よりもっと重く、圧倒するほどのしかかってきただろう。

 今、ケーニッヒが比較的気楽でいられるのは、ケーニッヒ自身にまだどこか、お客様気分があるからだと、自己認識している面もある。そういう無責任さは許せないと思っても、まだ、ケーニッヒの心がどこかで、何か、邪魔をする。

 自分は素人でもないが、玄人でもない。まったく、完全な、言い訳だ。

 あるいは、戦死者という重荷を背負いたくないだけかもしれない。

 その時、発令所にはリコ軍曹、クリスティナ艦長、そしてケーニッヒだけだった。

 エルザ曹長は一番に報告書を提出し、聞き取りも終わると、すぐさまドックを飛び出していった。気晴らししなくちゃやってられない、と笑いながら手を振り、出て行った。

 お土産を楽しみにしている、と背中に声をかけると、はいはい、というかすかな頷きだけが返ってきた。

 今、三人が発令所にいるのは、通信が入るのを待っているからだ。

 そろそろ約束の時間になる。

「通信、入りました。チャンドラセカルからです」

 リコ軍曹がそういうと、クリスティナ艦長が間髪入れずに繋ぐように指示した。

 映像が、補修が終わっているだけで、まだ不完全なメインスクリーンに映る。生きているのは全体の半分だが、それでも十分に大きい。

 映ったのは連邦宇宙軍の制服、ではなく、病院着を着ている若者で、アジア系の顔立ちをしている。小柄に見えるが、芯の強さがうかがえるのは、瞳に力があるのだ。ただ頬が少しこけていた。

 その背後に立っているのは初老の男性で、髪に白いものが混ざっている。彼は連邦宇宙軍の制服を着ているが、片腕を負傷したようで吊っている。

「初めまして、というべきでしょうか。ノイマンの艦長のクリスティナ・ワイルズです」

 クリスティナがそういうのに遅れて、ケーニッヒも自己紹介した。

 相手は嬉しそうな表情で、ヨシノ・カミハラと名乗った。後ろにいる副官は、チャールズ・イアン中佐。

「ノイマンでも犠牲が出たと聞いています。もう少し、うまくやれたかもしれません」

 謙虚な響きの声で、ヨシノ大佐がいうのに、クリスティナは短く否定の言葉を返した。

「あれが最善でした」

 クリスティナ艦長の言葉に、ヨシノ大佐は少し沈黙し、あの時の指揮は誰が? と質問した。

 思わずケーニッヒはクリスティナ艦長を見たが、彼女の横顔には何かを喜ぶような表情が覗いていた。



(続く)

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