3-2 精神的打撃

     ◆


 部屋で休んでいると、呼び出し音が携帯端末から発せられた。

 緊急のそれではないが、寝台の上から手だけ伸ばし、横になったまま受ける。音声通信。相手はエスター軍曹。

 ケーニッヒには雑務を任せる対象として、副長補と呼ばれる立場の下士官が四人、ついている。

 彼らは専属ではなく、それぞれに各管理官の部下としても働く傍ら、副長に必要が生じた時、その職務を補助するのだ。

 ヤスユキから職務を引き継ぐ時、ケーニッヒはそのままの副長補を自分の部下にし、何も体制を変えなかった。自分は新参で、何も知らない自覚があったからだ。

 結局、今の今まで、副長補に回すような仕事は一つもなく、たまに食事をして話を聞くくらいだった。

 それが今、副長補の筆頭であるエスター軍曹が連絡をしてくるとは、何があったのか。

「もしもし、なんだい?」

「ああ、少佐、お休みのところ、申し訳ありません。ちょっとこっちへ来てくれますか」

 そう言ってエスター軍曹が指定したのは、兵士たちが生活する六人部屋の一つらしい。右舷側で、無事なのだ。しかし今、負傷者が運び出された関係で、どこに欠員が出て、どこに残った兵が配置されているかは詳しくは知らない。

 すぐ行くよ、と応じて、ケーニッヒは寝台を出て、制服に着替えた。

 連絡を受けて五分後にはケーニッヒは現場に行っていたが、そこにいるのは泣きじゃくっている伍長が一人、それをなだめている兵長、そしてエスター軍曹だけだった。

「喧嘩の仲裁に俺を呼んだのか、軍曹」

 冗談でそう声をかけると、エスター軍曹は困惑している顔のまま、まさに困惑をそのまま言葉にして口にした。

「こいつはずっと泣き止まなくて、暴れ出したので、同室のオリーブ軍曹と自分で抑えたのですが、また泣き始めた、ということです」

「戦闘の影響か」

「まあ、大なり小なり、誰にもありそうなことです」

 そういうエスター軍曹は平然としている。

 年齢はエスター軍曹が四十代、ケーニッヒは三十を超えていて、なだめているオリーブ伍長が二十代後半、そして泣いている兵長は伍長と同年輩。

 いい大人が泣いて暴れて、という理屈は通用しないと、ケーニッヒはわかりすぎるほどわかっていた。

 人間が自分の命の危機、自分が死のふちギリギリにいること、それを感じ取れないのでは、それは明らかに異常だ。

 死ぬかもしれないと、ケーニッヒだって思った。

 死にたくないとも思った。

 同じことだ。ケーニッヒが考えたことと同じことを考え、ただ少しだけ角度が違う、強さが違う、それだけでこれだけの違いが現れる。

「名前は?」

 ケーニッヒが泣いている兵長に訊ねると、ロッジです、と聞き取りづらい声で、返事があった。

「ノイマンを降りたいか?」

 ロッジ兵長が何度も頷く。

「艦長には話しておく。だから、少し落ち着け。眠ったほうがいい。眠れないだろうが、横になって、じっとしていろ。いいな?」

 ロッジ兵長はまだ泣いていたが、オリーブ伍長が引っ張り上げる。そのまま室内に行き、ロッジ兵長はベッドに寝かされているようだ。

「艦運用は忙しくなるな」

 ケーニッヒがそう言うと、エスター軍曹が驚いたようにケーニッヒを見る。

「奴が艦運用部門に配属されていること、どうして知っているです?」

「これでも副長だからな、部下の名前と顔と持ち場くらいは覚えている。ところどころは曖昧だが」

「これは、失礼しました」

 少しするとオリーブ伍長が出てきたが、ケーニッヒは彼にロッジ兵長についているように命じた。仕事について不安があるようだったが、管理官に話しておくと伝えた。

 オリーブ伍長は索敵部門か。長い時間ではないし、今は索敵は特別に必要とされていない。駆逐艦が付き添ってさえいる。

「後で食事を届けさせる」

 ケーニッヒはそうオリーブ伍長に言って、エスター軍曹と食堂へ向かう。

 人工重力がカットされてるので、通路を飛ぶように移動できた。

「ああいう不安定な奴は、平時でも少しは出るんですが、さすがに実戦になると、多くなりますね」

「人を殺すっていうのは、そういうことさ、軍曹」

「副長は落ち着いていますね」

 どうだろうな、と誤魔化しているうちに食堂についた。

 先にオリーブ伍長とロッジ兵長の食事を確保し、ケースに入れて、二人で通路を元へ戻っていく。

「実は、副長、耳に入れておいた方がいいと思うのですが」

 いきなりエスター軍曹が言ったので、ケーニッヒは戦闘による精神的な後遺症についての思考を中断した。

「なんだ? 重要なことか?」

「一部の乗組員が、無謀な指揮官への反発という形で、ボイコットを計画する動きがありました。それは、自分とベンソン軍曹で制止して、どうにかなだめましたが」

 ボイコット?

 この艦は遊覧飛行をしているんじゃなく、戦闘をしているんだぞ。

 そういう言葉が口から漏れそうになったが、それより先にため息が出ていた。

「後で名簿を作って持ってきてくれ。艦長と相談する」

「みんな、戦いに倦んでいます」

 どこか低い声のエスター軍曹自身も、自信を失っているのだろうか。

「俺たちは戦い続けるしかない」

 ケーニッヒはまるで自分に言い聞かせているような錯覚を感じながら、言った。

「死ぬまで戦い続けるんだよ。それ以外にない」

 救いがないですね、とぼそっとエスター軍曹が言った。

 目的の部屋が見えてくる。

 部屋からまだ泣き声が聞こえてくる。

 推進装置の取り替えは半日前に終わっていた。数時間後には準光速航行で宇宙ドッグへ迎えるだろう。

 そこでやっと解放される。

 一時的なものであるとしても、解放されるのだ。




(続く)

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