第3話 権謀術数の宇宙
3-1 宇宙展望
◆
ものすごい戦いだったことはケーニッヒ・ネイルにもわかる。
敵艦は明らかに性能でミリオン級を上回っていた。かろうじて、ミリオン級が二隻、戦場にいることで五分五分だったと言える。
そしておそらくは新開発の超高速ミサイル。しかもかなり近い座所から撃ってきた。迎撃する余地はそれで少しもなくなった。
ノイマンの左舷が大破した時、場合によっては艦が二つに折れたかもしれないのは、ケーニッヒが船に乗る前、ヤスユキ・オイゲンの薫陶を受けていた時の膨大なシミュレーションの中にあった展開の一つだった。
それが現実にならなかったのは、幸運と、ミリオン級が設計段階から持っていた、ある程度の頑丈さによるのだと思うしかない。
とにかく左舷に被弾し、ほとんど戦闘力を失った上で、決定的な止めを刺されるというところで、守護天使がやってきた。
あの時、チャンドラセカルが魚雷を落とさなければ、やはりそこでも全て終わった。
魚雷は果たして、撃墜され、敵艦はこちらの推進装置を破壊した。
ケーニッヒがいくら思案してもそこがよくわからない。
あの時、敵はノイマンを徹底的に叩く選択肢があった。
もちろんそうしていたら、チャンドラセカルからの猛攻撃を浴びせられただろう。
どちらがより安全か。
どちらがより確実か。
この疑問は全く答えが出ない。どちらを選んでも結局は失敗するかもしれないからだ。
今、ノイマンは駆逐艦に曳航されながら、強化外骨格が艦を補修している。新規の推進装置が運ばれてきていて、それに無理やり積み替えれば、万全ではないが、準光速航行を行う目処が立つ。
それでも調整に三日は必要らしい。移動しながら作業しているのは、駆逐艦からやってきた強化外骨格で、困難な仕事だろうが、とりあえずはうまくいっているようだ。
ケーニッヒは食堂にいて、これも駆逐艦から運ばれてきた食料の、新鮮に見えるハンバーグをフォークで切り分けながら、前にいるエルザ曹長の愚痴を聞いているところだった。
聞いてはいるが、思考は自分のうちに潜って、自分が見たものを整理しようと努力していた。
敵は何を企図していたのか。
それに、管理艦隊が何を企図したのかも気になる。
最後の場面で、敵は兵を退いたのだ。あの場面では敵勢力に勝ち目がなかったのは明白だが、管理艦隊はそれを追い打ちすることできた。
なのに見逃した。
管理艦隊は独立派を許容する方針なのだろうか。
ケーニッヒは今でこそ、自分は管理艦隊の一員であると思っている時間が長いが、元は連邦宇宙軍統合本部の情報局に所属していた。
連邦の中で行われている暗闘は、管理艦隊まで及んでいるが、今回の件は、その見えない争闘を管理艦隊自ら引き込むことになるのではないか。
エルザ曹長の話題がドッグ少尉の指揮の的確さに及んで、やっとケーニッヒは意識を現実に戻した。ハンバーグはもう十個ほどに切り分けられている。旨そうだ。
「ドッグ少尉を選んだクリスティナ艦長の、人を見る目は凄いものがあるわよね」
「そういうエルザ曹長も選ばれているわけだけどね。俺はあてがわれただけで、よそ者だよ」
「そういうわけでもないでしょう。最後には艦長が認めたから、少佐は副長なんじゃない」
「今回の任務では役立たずだったがね」
ハンバーグを口に入れる。こういう場所で出る料理としては、十分な味と食感。
やはり肉だな。
「これからどうなるでしょうね、少佐。リコから聞いたけど、脱走が頻発しているみたい」
「ああ、そう、脱走ね」
ケーニッヒからすれば、あまり気にもしていない事態だった。
実際、超大型戦艦を守っていたのは、脱走した、いわば連邦宇宙軍の一部だったのだから、同様の思想で離反する者は多いだろう。当たり前の理屈だ。
脱走したいならさせればいい。最後には食料か水が足りず、結局は助けを求めてくるか、そのまま死んでいくだけだ。
問題になるのはその脱走艦がある程度の勢力になり、拠って立つところを見つけることだ。そうなった時に地球連邦は自分よりはるかに小さいとしても、別の国家という存在をそこに見出すだろう。
「連邦も終わりですかねぇ」
エルザ曹長は生野菜のサラダを食べている。結構、鮮やかな色をしていて、新鮮そうに見える。
「永遠に続くものがないのはわかっているが、それでも空しくはあるな」
「少佐でもそういう感情、というか、感傷はあるのね」
くすくすと笑うエルザ曹長に、ケーニッヒは肩をすくめて見せた。
今まで長い時間、統合本部の手先として連邦の維持に微力とはいえ、尽力した。都合の悪い人間を裏に表に始末し、虚言や流言を使って大衆を意図的に扇動したりもした。知り合いの中には、任務の失敗で破滅したものもいるし、今も追われているものもいる。
正しくないことをやってきた、と思い始めている自分がいる。
正しいことは連邦のためになること、と思い定めていた価値観は、管理艦隊に来てから、徐々に崩れ、今では別の人間が自分の中に生まれつつある気がする。
「管理艦隊も、どうするんでしょうね。もう敵はいない気もするけど」
「逆転するかもしれないよ、曹長」
逆転ですか、とエルザ曹長が首をかしげる。
「土星より外から内側へ雪崩れ込んでくるものを迎撃する。その最初の防波堤の役目が、管理艦隊の役目になる、かもしれない」
「ありえないわよ。土星の向こうになんて、大した人数はいないんだし」
だろうけどね、とケーニッヒは笑って見せて、大きめのハンバーグの一欠片を口に運んだ。
今はまだ、独立派の人数は限定される。しかし何らかの方法で生活が正常に運営できるようになれば、子を産むものが出る。
三十年では短いとしても、六十年が経てば、あるいはある程度の形になるのではないか。
社会ができ、まさに国ができる。
もっとも、生きていくために絶対に必要なものを、彼らがどうやって手にするのかは、ケーニッヒにも妙案はない。
「ま、しばらくは暇で、ありがたいことね」
エルザ曹長が言いながら、サラダにフォークを差し込む。
その手が震えていることを、ケーニッヒは見ないようにした。
(続く)
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