2-6 戦場はまだあるか

     ◆


 戦闘は継続されたが、何があったのか、管理艦隊が艦隊を退いた。

 そうして初めて、超大型戦艦一隻と、残存していた護衛艦隊は、今度こそ遥かな宇宙へ消えていった。

 その間、ノイマンは自艦の損傷へのフォローに終始し、すぐそばに護衛として駆逐艦が一隻いるだけで、はっきり言って大騒ぎだった。

 左舷は破滅的で、乗組員が二十人以上、行方不明になっている。

 消滅したか、宇宙へ吸い出されたか、燃料液の誘爆もあり、想像を絶する熱波が艦内の通路を隔壁の封鎖より先に吹き抜け、消し炭になったものもいるようだ。

 推進装置が破壊されたため、ノイマンには自航する手段がない。クリスティナ艦長は思い切って駆逐艦の護衛を断ろうとしたが、それは討伐艦隊司令のキッシンジャー准将が退けている。

 戦闘能力を喪失しているのでドッグはもうやることもないため、発令所の端末で部下の安否を確認したりした。

 全部で十一人が配属されていたが、四人が消えている。四人は左舷側の粒子ビーム砲に配置されていて、今、その砲台は根こそぎ消えている。

 悼む間もないのが、戦場の非情だった。

 負傷している部下が二人いて、そちらは命に関わるものではないようだ。

 ミサイル発射管は全部が機能不全、魚雷も再装填ができないので、今、ノイマンには本当に攻撃手段がない。粒子ビーム砲も機関が不安定で使えないのだった。

 そして詳しくは知らないが、装甲は同期を失い、シャドーモードはもちろん、ミラーモードもルークモードも選択できない。

 とにかく、徹底的にノイマンは攻撃され、もはや能力のすべてを喪失していたのが、当のその艦が最後の一撃で、状況を決定付けたことになる。

 何度か通信が入ったようだが、それは敵が消えてからで、クリスティナ艦長に上がる前に、リコ軍曹が応じていた。

 まずノイマンは護衛としてついていた駆逐艦に曳航され、そのまま宇宙ドックへ向かうと決まったようだ。リコ軍曹の報告で分かった。

 先に医療チームがその駆逐艦からやってきて、ノイマンの医務室では受け入れ不可能な数の負傷者を一時的に収容し、そのあと、病院船が合流するようだ。

 戦場は途端に静かになり、無人戦闘機が飛び回っているくらいで、艦船はほとんど陣形を崩さずにいる。

 こういう大規模な実戦が、これからもあるのだろうか。

 手元の端末で周囲の様子を確認しながら、ドッグは思った。

 端末自体の不具合は、機関部門の若い兵長が直していった。今、メインスクリーンも取り替えが進んでいるが、真っ暗だった。発令所全体が薄暗いようにも感じる。

 交代の時間が来て、ドッグは一度、食堂へ向かった。

「少尉」

 背後から声をかけられ、振り返るまでもなくそれがエルザ曹長の声だとわかっている。

 無重力の通路でゆっくりと反動で振り返ると、エルザ曹長が怖い顔をして立っている。ほとんど睨みつけるような視線で、ドッグをまっすぐに見ていた。

「私が、失敗したら、どうするつもりでしたか」

 スラスターを操れなかったら、指示を遂行できなければ、ということを言っているようだ。

「その時はその時だと思った」

「死を覚悟したということかしら」

「曹長、きみも艦長が選んだ人材だ。だから、私は信用した。どんな場面でも、遺漏なく、仕事をこなすだろうと思った。それは過大評価だったか?」

 辛辣な言葉になっているのは、ドッグ自身もわかった。

 しかしこの程度のことは、許されるだろう。

 あの時に誰かが失敗していれば、ドッグは死んでいた。もちろん、その誰かしらももろともに死んだだろうが。

 唇を噛み締めていたエルザ曹長が、制服の袖でグッと目元を拭い、ありがとうございました、と言った。

「曹長、人が死んでいる。それを忘れるな。これは実戦だ」

「はい、すみません」

「経験として覚えておけ」

 今度こそ、ドッグは通路の先へ向かった。

 食堂へ行こうと思ったが、その食堂は負傷兵でいっぱいだった。臨時で治療室に充てられている。高速ミサイルの衝撃と、粒子ビームによる推進装置への攻撃の衝撃は、ほとんどの乗組員には予想できなかったはずだ。

 血まみれのものは少ないが、骨折しているのだろう、寝たきりで動けないものも大勢いるようだ。

 軍医のシャーリー・ザイロ女史が、即席の部下にした兵士たちに指示を出し、動き回っている。

 食堂のそばの飲み物を管理しているコーナーへ行くと、三人の兵士が立ち話をしているが、一人は片足が固定され、もう一人は腕を固定されていた。

 ドッグを見ると一瞬、不安げになるが、「戦闘はもうない」と短く言うと、空気が弛緩した。

 サーバーが故障していて、蓋が開けられていた。生ぬるくなった栄養調整されているゼリーのパックを掴み出し、もう何も言わずに自分の部屋へ向かうが、考えてみれば左舷側だった。

 案の定、通路は途中で隔壁で封鎖され、同じように居場所を失った兵士や下士官が通路に座り込んでいた。毛布は配られているようだ。

「出て行く奴らの部屋が使えるそうですよ」

 下士官の一人、顔見知りの索敵部門に属する兵長が言う。

 出て行く奴ら、というのは負傷して病院船へ行くもののことだろう。食堂の様子を見れば、四十人は出て行くだろう。ここにいる十人ほどには、なるほど、寝台は割り振られそうだ。

「こういう戦闘が、続くんですか?」

 小さな声で兵長が訊ねてくるが、ここにいる誰もが耳を澄ませているのははっきり感じた。

 知らんよ、とだけ、ドッグは答えた。

 戦いはもうこりごりだ、と思う自分がいる一方、まだ敵を倒したい自分もいる。

 しかしそれに巻き込まれるものは、たまったものではない。

 一人きりで戦っているわけではない。

「知りたくもない」

 ドッグは思わず、そう口にしていた。



(第2話 了)

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