1-4 難解
◆
通信室で、担当のリコ軍曹の部下である索敵部門の伍長が、極指向性通信の調整をしてから部屋を出て行った。
「何を確認するんですか、艦長」
ケーニッヒ少佐の質問に答えながら、クリスティナは自分の考えを整理するために言葉にした形だった。
「今、こちらから奇襲をかける可能性はどう思う?」
「適当なことは言わないでくださいよ、艦長。今、奇襲をかけたら、こちらが逆に袋叩きです」
「一撃して逃げることもできる」
「ノイマンが逃げ出したら、誰が連中を見張るのですか」
どうやら自分の考えは正しいらしい、とクリスティナは何度か頷いた。
こうなってはノイマンにできることは追跡だけである。攻撃する余地はない。
「敵の潜航艦への対処法がない」
そうクリスティナが口にすると、先を行かれていますからね、とケーニッヒ少佐は飄々と答える。
「技術の漏洩、情報の漏洩、そういうものがあったのでしょう。どうもミリオン級は、というか、管理艦隊は、敵に先手を取られている。今ある技術で、対処するしかないじゃないですか」
「どこまでできるかしらね」
「一番の頼りにするのはノイマンの性能特化装甲です。これが通じなければ、どうしようもない」
ケーニッヒ少佐の言葉に、彼も同じことを考えているのだ、とクリスティナは内心で舌を巻く思いだった。
敵はチューリングを見破った。だから性能変化装甲のシャドーモードは看破される可能性がある。しかしノイマンの装甲は、より隠蔽能力に優れた性能特化装甲だ。
そのわずかな能力差に賭けなければいけないのが、不本意ながら、ノイマンの現状だった。
「今の話を、司令部に伝えましょう」
「現場から外しちゃくれませんよ」
「そういうことを頼み込むつもりはありません。軍人ですからね」
「死地に飛び込むのも厭わない、と」
クリスティナは笑みを見せて、端末を操作した。
数分、待っただけで通信が目的の人物につながった。音声通信。タイムラグがある表示が端末に浮かぶ。
「敵の潜航艦を見失っている」
挨拶も抜きにいきなり本題に触れたザラザラした声は、確かにエイプリル中将のそれだった。
「クリスティナ大佐、おそらく、そちらへ向かうだろう」
「チューリングが保護されたそうですね。その時の状況を記録したものがあれば、こちらへ回していただけますか」
「情報を整理している。一時間で形になるだろう。すまないな、クリスティナ大佐、きみときみの部下に負担をかけている」
その一言の意味するところを察して、危うくクリスティナはうめき声が口をつきそうになった。
チューリングが攻撃を受けて逃げ出した時、ノイマンではなく、チャンドラセカルをその救援に向かわせた。
それはチャンドラセカルが優秀だからという簡単な理由ではなく、むしろノイマンの隠蔽性能が別の場面で必要であるがために、ノイマンとチャンドラセカルを適材適所で配置したわけだ。
管理艦隊司令部は、ノイマンに極端なギャンブルを任せたのか。
敵がノイマンを発見できるかできないか、という命賭けの勝負。
「クリスティナ大佐、管理艦隊は四つの分艦隊で超大型戦艦とその護衛艦隊に当たる。土星近傍を予定し、既に動き出している。その戦場における優位を確立するために、情報を収集してくれ。些細なことでもいい」
「ええ、それは、わかります」
四つの分艦隊、二十隻規模で当たるとなれば、歴史上でもおそらく初めての宇宙艦隊同士の本格的な戦闘になる。
士官学校でも演習は限りなくこなしたし、兵士になっても、艦を指揮するようになっても、演習はあった。
ただ、実戦というものがどうなるかは、誰にもわからない。
「近衛艦隊と火星駐屯軍はどうなってますか」
唐突にケーニッヒ少佐が口を開いた。エイプリル中将はタイムラグがあるもののすぐに答えたから、おそらく質問を予想していたのだろう。
「疑心暗鬼だな。脱走もだいぶ出ている」
「こちらの護衛艦隊も、火星駐屯軍だと思われます。増援があると、管理艦隊は厳しいのではないか、と推察しますが」
「今、連邦宇宙軍は気を尖らせて、細かく軍艦の座標を把握している。増援はおそらく、来ないだろう」
少し黙り、ケーニッヒ少佐は口元を撫でてから、質問を再開する。
「いつまでも来ない、ではないですよね」
「あと五日ほどで、決戦に持っていく」
チグハグなやりとりだったが、その中身に思わずクリスティナは隣のケーニッヒ少佐を見ていた。そのケーニッヒ少佐もクリスティナを見ている。
五日で叩くというのは、短期決戦でこの騒動の第一幕を終わりにしよう、ということらしい。
敵を誘導する必要があるか、念のためにクリスティナは確認した。しかしエイプリル中将は誘導は不要だと口にした。
むしろ、決戦となる座標へ敵が向かわないとなった時は即座に伝えるように、と念を押してくる。
「閣下、なぜ、その座標と決められたのか、教えていただけますか」
クリスティナが質問を向けても、返事はなかなかなかった。ノイズが時折、流れてくる。
「我々にも耳と目があるのだ、大佐。そう思っていればいい」
何も言えないクリスティナに、エイプリル中将は宥めるような言葉をかけた。それでも、クリスティナはうまく返事ができなかった。
通信が切れ、ケーニッヒ少佐が肩をすくめ、それから嘆かわしげに首を振る。
「敵の中に誰か、忍ばせているのかな。それとも、金で買ったかもしれないな」
「管理艦隊は針路に先回りして、無理やりに戦闘に持ち込む、ということらしいわね」
「まぁ、数の上では勝っているんですから、正面からぶつかれば、問題ないでしょう。しかし、奇襲、不意打ちの危険が常にあることになる」
クリスティナとしても、そこが疑問だった。
敵の潜航艦がいる限り、管理艦隊は不意を打たれることが間違いなくある。
逆に、敵もこちらに潜航艦があることを知っているから、同様に不意打ちを想定しないわけにはいかない。
ありそうな展開としては、潜航艦を無力化するか、遠ざける、という可能性があった。
しかし、管理艦隊はその手を取らないのだろうか。
「無謀だよなぁ」
髪の毛をかき回しながら、ケーニッヒ少佐がぼやいた。
(続く)
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