1-5 想定できない兵站

     ◆


 追跡が三日目に入り、その間に敵の艦隊に接触した艦はいない。

 リコ軍曹が掌握している十スペースでは、きわどいところを民間の宇宙船団が通り抜けただけだった。

 その船団が全部で十二隻で構成されているため、クリスティナはさすがに血の気の引く思いだったが、すぐにその船団が管理艦隊に登録されている、兵站を請け負っている企業のそれだとわかり、度を失うことはなかった。

 超大型戦艦を中心に、八隻の護衛艦隊は、自然な様子で本当に管理艦隊が待ち受ける座標へ向かっている。内通者からの情報は正確らしい、とクリスティナも認めないわけにはいかない事態だ。

 敵の護衛艦隊の所属もおおよそ判明した。

 五隻はアルゼンチン宇宙軍の所属、三隻がチリ宇宙軍の所属で、どちらも火星駐屯軍第四十一艦隊を構成していた艦のうちの一部だ。

 リコ軍曹による光学観測と映像の補正があり、それが電子頭脳によるデータベースからの情報のすり合わせを経て、おおよそ八隻とも、損傷がないとわかってもきた。

「火星駐屯軍から初期に脱走して、まだ混乱はなかったようです」

 リコ軍曹は淡々としているが、現状で内心が全く平静という軍人も少ないかもしれない。

 あるいは、あまりにも事態が想定の上をいっていて、認識が追いつかないか、だ。

 地球でも火星でも、脱走が頻発し、それぞれの司令部は引き締めに必死になっているということも伝わってきた。それでも脱走は起こり、一部で小競り合いがあり、砲火を交える場面もあるようだ。

 友軍だ、とクリスティナは思った。

 すぐ隣にいる艦が脱走するなど、クリスティナは考えたことはなかった。

 もしそうなったら、どうするのか。説得するのか、攻撃するのか。逆に攻撃されたらどうするのか。反撃するのか。脱走していくのを見送るのか。

 何もかもが想定を超えているのだ、とクリスティナは思考の中で繰り返した。

 大規模脱走もだが、まさか宇宙船が十隻、二十隻などで離反して、それでどうやって生きていくのか、という根本的な問題がある。

 食料、水、酸素、それらをどこから調達するのか。

 この問題は、連邦宇宙軍において真剣に議論されているだろうが、後手後手と言わざるをえない。

 離反艦隊と呼ぶしかない無数の艦船は、軍を離れても生きていけるという理由、根拠があるからこそ脱走している。

 どこからその兵站、もしくは糧道が成立したのだろう。

 意外に根深い問題かもしれない。東南アジア連合や、アルゼンチン、ペルーなどを中心とした南アメリカ共同体は、すでに連邦から調査、査察が入っているだろうとはいえ、国家規模、それも数カ国が共同するような巨大な力で、事態を動かそうとしているのは、疑いようがない。

 問題の大きなものは、やはり兵站になる。

 どれくらいの期間、離反艦隊は活動できるのか。

 次に考えるべきは、離反艦隊が飢えて渇いて投降するのか、それとも飢餓を癒すために略奪のようなことを始めるのか。

 略奪が選択されるようなことになると、狙われる場所が限られるから、ある側面では防御が容易く、ある側面では離反艦隊が一点突破を試みると防御が困難になる。

 もし火星の地表を攻められれば、どうなるか。

 火星駐屯軍と離反艦隊の衝突になる。戦力差は判然としない。

 まったく、世界は何か、ひどく混沌としてきた。

 クリスティナの終わることのない思案を察しているのか、食事の時間になるとたまたまタイミングのあった管理官が、食堂で声をかけてくることが多い。あのドッグ少尉ですら、「何を悩んでいるのですか」と声をかけてきたほどだ。

 今までクリスティナは管理官や乗組員と壁を作る気は無かったし、しかし積極的に混ざっていくという方法も取らなかった。

 それでも今、管理官たちが声をかけるのだから、自分は相当、苦悩しているように見えるのだろうと思うしかなかった。

「艦長、敵は逃げませんから」

 食堂で保存食の乾パンに栄養強化パテを塗って食べていると、エルザ曹長がやってきた。

「敵は逃げるかもしれないし、逆に向かって来るかもしれないわよ、曹長」

「そういう雰囲気ではありません。艦長には感じ取れませんか」

「潜航艦の存在もあるし、ミューターさえあれば気づかれずに接近できる」

 そうですけどねぇ、とエルザ曹長が向かいの席に座り、ヌードルをすすり始める。

「だったらもう、ノイマンは沈められています。もしかしたら敵には何か、理由があるんじゃないですか」

「理由? 何の理由? どういう理由?」

「管理艦隊と戦いたい、とか」

「まさか」

 笑いそうになるのを必死にこらえた自分に気づき、そういう気持ちをほぐす、エルザ曹長の心遣いかもしれない、と理解が及んだ。

 ただ目の前でエルザ曹長は、麺を上げ下げしながら、真剣な視線はそこを見ているままだ。クリスティナを見ていないまま、言葉が向けられる。

「戦っても、勝つことはない。逃げるべきだと思いますけど、実際には逃げていない。なんでしょうね、これは。艦長の悩みもわかります」

「負ける戦いを選ぶ理由が、どこかにはある、と思うけど、曹長も考えておいて」

 了解です、と返事をして、やっとエルザ曹長はヌードルをすすった。

 食事の後、艦長室へ戻り、少しだけ休んだ。四時間の睡眠で食堂でゼリーを受け取った。シャワーを浴びるなど論外の第二種戦闘配置だ。

 ゼリーを勢いよく飲み干し、発令所に入る。

 目の前の大きなメインスクリーンには、超大型戦艦と八隻の護衛艦隊。

 空中に投射されている星海図を見上げると、指定の座標まであと一日というところだ。

 すでに管理艦隊がそちらへ向かっている。計ったようなタイミングだが、計っているのだ。

 何が起こるのか、見ている必要がある。

 艦長席に座ると、背後に控えたケーニッヒ少佐があくびをしたのが小さな音でわかった。



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る