1-3 不鮮明な意図
◆
輸送船がやってきたが、大型のもので、しかし民間の企業の輸送船だった。
船体に企業名と連邦宇宙局から与えられる番号がしっかりと入っていた。クリスティナが命じるまでもなく、リコ軍曹が電子頭脳にその企業と船舶に関するデータベースを確認させ始める。
輸送船を近づける時、全体から見れば短い時間だったが、超大型戦艦がその姿を見せた。
何度見ても威容としか言えない。
それもすぐに力場が回復され、消えた。次に見えるのは輸送船を帰す時だろう。
「企業は実在します」
そうリコ軍曹が報告した。ペルーに本社があり、南米に複数の支店を持つ輸送船運行会社らしい。
次はその企業がどこと取引をしているのか、何を扱っているのか、目の前を通って行った輸送船は何をしているのか、手繰っていくことになる。
結論が出る前に、輸送船が力場が消えたところを出てくる。
ノイマンの至近を通過したが、彼らは何も気づかなかったようだ。
「最近の取引では、小麦粉が多いですね。他にも食品全般です。露骨ですが、兵站、なんでしょうか」
「弾薬はどうだ?」
急に発言したのはケーニッヒ少佐だった。驚いたのか、リコ軍曹が振り返る。ヘルメットのバイザーで目元は隠れているが、目を見開いているようだ。
ハッとした様子で端末に向き直り、えーっと、などと言いながら、十本の指が慌ただしく動く。
「この企業、エルネスト運輸、という名前ですが、軍需物資みたいなものは、何も扱ってませんね」
「小麦粉の輸送に関する実績は?」
「月と火星が主な取引先で、齟齬はありません。複雑ですが、納税記録も真っ当なようです。ただ、ここに輸送船が来ているのは、記録とは食い違います」
ふーん、と言ったきり、ケーニッヒ少佐は黙っている。そのまま黙っている。
「後続の所属不明艦隊、先頭が到達します」
リコ軍曹が別の報告をする。
衝突事故を警戒して、わずかに発令所が緊張する。
輸送船がある程度、近づいた段階で、それを追いかける形でやってくる艦船は、空間ソナーでの反応から火星駐屯軍から脱走した、元は連邦宇宙軍の艦だと判明している。
敵味方識別信号は切られているが、管理艦隊と火星駐屯軍の間で情報交換があり、そこでわかった事実がノイマンにも伝わっていた。
超大型戦艦が露見した直後、近衛艦隊内部でも脱走騒動はあった。騒動という表現では足りない艦が脱走し、大半は姿を消した。
同様の脱走が火星駐屯軍でも起こっている。
今、ノイマンが監視している超大型戦艦も、一度、管理艦隊の分艦隊による攻撃を跳ね返したが、あの時にも数隻が護衛でついていたらしい。それは軍艦ではない、民間船の違法改造船舶と聞いている。
今、敵はやっとまともな護衛艦隊を手に入れるわけだ。
「来ます」
何もなかった座標に、巨大な艦が出現する。
戦闘艦だ。クリスティナも何度も見たことある連邦宇宙軍のスタンダードなもの。
それから次々と戦闘艦、駆逐艦、高速艦が出現し、七隻、いや、八隻になった。
「これでとりあえずは、全てです」
「空間ソナーで捉えているわよね、リコ軍曹」
「はい、超大型戦艦も、ミューターを切っているようです。力場もおそらく、消す、いえ、今、消えていきますね」
目の前にもう一回、超大型戦艦が姿を現し、もう消えることはない。
当たり前だ。八隻の艦船が至近にいるのだから、隠れていても意味はない。ミューターでも八隻と自分自身を消すのは繊細さと大胆さの両立が求められる。事実、目の前の様子からすれば不可能なのだろう。
そのまま超大型戦艦と護衛艦隊が、通常航行で陣形を組んで進み始めるのを、ノイマンは息を潜めて、追跡する。
「どこへ向かっているのかしらね、エルザ曹長」
操舵管理官に確認するが、通常の航路ではありません、という返事だった。
「あまりに土星に近いので、滅多に船は来ませんよ」
そのエルザ曹長の言葉に、クリスティナはもう一度、星海図を確認した。
非支配宙域の中でも外縁部と呼ばれる地帯で、言ってみれば独立派の庭との緩衝地帯から、独立派の庭にだいぶ踏み込んでいる。
番犬がいれば、盛大に吠えたことだろう。
しかしその他人のものの領域との位置関係が、クリスティナには解せなかった。
敵が準光速航行を使えば、管理艦隊の管轄外へ容易に逃げ込めるし、さらに遠くへと向かうこともできる。
そうしない理由はなんだろう。補給は先ほど、受けたばかりだ。それも食料だと思われる。さらなる補給を待っているとか、逃げ出せない理由があるのだろうか。
リコ軍曹に索敵可能な範囲で、他の輸送船の移動がないか調べさせることにした。民間の航路もほぼないから、難しいだろうが、電子頭脳の能力の大半で彼女をサポートさせる。
「艦長、管理艦隊からテキストです。公開可能なので、読み上げますか」
リコ軍曹がそう言ったので、クリスティナは、お願い、と短く応じた。
「チューリングはチャンドラセカルに無事に保護されました。敵性艦と交戦があり、お互いに退いた形です。敵は、ミリオン級と同等の潜航艦と推測されています」
へぇ、とケーニッヒ少佐が呟き、エルザ曹長とトゥルー曹長が視線を交わしている。ドッグ少尉だけが平然として、反応しなかった。
「リコ軍曹、忙しいだろうけど、警戒を密にして。おそらく敵の潜航艦はここへ来るでしょう」
了解しました、とどこか不安げにリコ軍曹が答えた。チューリングの索敵管理官に見えなかったものを見ることができるのか、それが不安なんだろう。
クリスティナはしばらく思案してから、艦長席を立った。
「ドッグ少尉、少し、発令所を任せます。ケーニッヒ少佐、ついてきて。管理艦隊と話をします」
返事も聞かず、クリスティナは通路に出た。ハンドルに掴まって通路の宙を進みながら、もう一度、考えた。
今この時の最善とは、なんなのか……。
(続く)
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