第1話 大打撃
1-1 内通者の影
◆
ノイマンの任務は、超大型戦艦の追尾である。
クリスティナはミリオン級潜航艦の通常の装備では、超大型戦艦を撃破できないことは、よく知っている。
今の任務は戦闘ではなく、偵察であり、追尾なので、武装の貧弱さは脇に置いておける要素ではあった。
超大型戦艦はもともと三隻があり、一隻はノイマンが奇策で鹵獲し、一隻はチャンドラセカルが撃破した。今のところ、運用されているのは一隻だけで、他にもあるのかどうかは、わからない。
チャンドラセカルがノイマンの危機を救ったタイミングは絶妙だったが、あれはどうやら測ったわけではないらしい。偶然の産物だと、クリスティナは聞かされている。
「じゃあ、なんです、どういう絵図面があるとか以前に、まったくのアドリブだったと」
リン少将とのやりとりに同席した副長のケーニッヒ・ネイル少佐が、顔をしかめて言うのに対し、リン少将は真面目な顔で「チャンドラセカルに感謝しろ」と応じていた。
ノイマンは超大型戦艦の存在に関しては、はっきりした確信を持たずに、あの廃棄コロニーに接近し、最初の動きを誘発した形になっている。
それからほとんどまもなく、絶体絶命の危機があり、救われた。
チャンドラセカルはどこかからたまたま、超大型戦艦の存在を知ったのだろうと推測の範囲内で思ってはいたが、どうもチャンドラセカルは純粋に情報を整理、分析し、それで超大型戦艦が存在する疑念を持ったらしい。
「きみたちが戦場を非支配宙域に近づけたがために、命拾いしたということだ」
素っ気ないほどのリン少将の言葉に、クリスティナは反発も不満も覚えなかった。
ただ、綱渡りには成功したらしい、とだけ思った。生きているのだ。艦も破滅は回避した。
何より、この一連の任務、地球行からの追撃作戦では、端々に曖昧な部分が多く、それは敵性組織に関するものだけではなく、管理艦隊、統合本部、連邦宇宙軍と、はるかに広い範囲に及ぶ。
クリスティナはケーニッヒ少佐がクラウン少将を暗殺したと、ほぼ確信があった。
銃を突きつけて確かめたのだから、ほぼ間違いない。そういう手応えがある。
暗殺など、許されることではない。粛清が許されてしまうとなれば、組織は瓦解はせずとも、極めて不安定になる。
クリスティナがケーニッヒ少佐をあそこで殺さなかったのは、温情でも躊躇いでもないし、ましてや自分の手を汚したくない、という引け目や嫌悪感からでもない。
裁くなら法廷でいい。
そしてケーニッヒ少佐は、少なくともノイマンには今、必要だ。
ヤスユキ・オイゲンという人が、前は副長だった。任務を共に乗り越え、彼は退官し、それから技術者として管理艦隊に戻ってきた。
ただ、クリスティナが一つの可能性に気づいたのは、宇宙ドックの食堂でケーニッヒ少佐を交えて話していた時だ。
どういう要素がその発想を生んだのかは、クリスティナにはまったく理解できなかった。
本当の直感。
自分の頭の中の理屈がわからないとは、なんとも情けない。
それでも、ありそうなことだ。
ヤスユキ・オイゲンは、内通者ではないのか。
荒唐無稽な発想だが、絶対にないのか。
この疑念のせいなのか、ケーニッヒ少佐という人物は少なくとも、敵に通じることはないと評価できるし、その一点で、クリスティナは自分の消極性にうんざりしながら、ケーニッヒ少佐を生かすしかなかった。
一人でも、絶対に寝返らないものがいれば、踏み込んだ話もできる。それも意味があるだろう。
とにかく、今は超大型戦艦に接触してからだ、と発令所の艦長席で、じっとメインスクリーンのカウントダウンを見ていた。
現場に到着まで、九日ほど。長い。比較的、土星に近づくことになる。
「艦長、テキストを受診しました」
索敵管理官のリコ軍曹の言葉に、艦長席に体を預けていたクリスティナは、思案の中から浮上した。
「管理艦隊司令部から、緊急です。機密度は管理官より上位です」
今、発令所には管理官は揃っていない。平常の態勢なので、休んでいるものがいる。
「作戦立案室に来て、ケーニッヒ少佐」
どこかぼんやりとした気配で背後に立っているケーニッヒ少佐を促すと「なんでしょうね」などと言いつつ、彼は耳のあたりを指でかいている。
作戦立案室に二人で入ると、テキストを開封し、立体映像で空中に投影した。
これは、と思わず、クリスティナは呟いた。
チューリングが正体不明の敵に襲われ、大打撃を受けたという。そして、安全座標と呼ばれる避難座標へ向かっている。
距離的にはノイマンが近いが、チャンドラセカルを出す、とそこには記されていた。
「まぁ、あの艦は特別だし、運がいい」
気のない様子でそんな風にうそぶく副長に、思わずクリスティナは強い視線を向けていた。ケーニッヒ少佐は意外そうな顔をしている。
「艦長、まさかお忘れではないでしょうが、この艦は戦闘向きではない」
「わかってます」
そっけなく応じて、無意識に顎に手をやってクリスティナは考えた。
敵が正体不明とは、何なのだろう。空間ソナーに映らない、ミューターを搭載した艦船というだけなのか。
チューリングはミューターのことを、それこそ深い傷となってよくよく覚えているはずで、それがミューター対策をしない理由がない。
なら敵は本当に正体不明なのか。
まさか、見えない、ということではないのか。
チューリングの索敵管理官は、天才の域を超えて、超人だとされているから、敵は本当に見えないのかもしれない。
「同等の艦がいるのでしょうか」
急にケーニッヒ少佐がそう言ったので、勢いよくクリスティナは顔を上げていた。
やや真剣な表情で、ケーニッヒ少佐は指を組んではほどくのを繰り返している。
「敵がこちらと同様の技術を持っているとしてもおかしくはない」
クリスティナの脳裏で、ヤスユキの顔がちらついた。
技術の漏洩はもはやどうしようもない。情報の漏洩もだ。
「安全座標でわかるでしょう。どういう敵かは」
クリスティナがそう言うと、我々の方に来ないように願いましょう、とケーニッヒ少佐が天井を仰ぎながら言った。
戦いたい。しかし、戦えない。
クリスティナが無意識に舌打ちすると、ケーニッヒ少佐がこちらを見たが、クリスティナは無視した。
(続く)
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