13-3 変わらずに目の前にある

     ◆


 ストリックランド級宇宙基地ボンに到着する前に、その通達はあった。

 土星近傍に位置する敵性艦隊を監視せよ、というものだ。

「火星はこの次だな」

 発令所でレイナ少佐にだけ聞こえるように言うと、彼女は無言で頷いた。

 ホールデン級宇宙基地ウラジオストクを進発して、二日が過ぎている。ストリックランド級宇宙基地ボンに着いたら、そこで補給を受ける指示は受けている。しかしボンでは一日の余地しかないスケジュールが通知されてきていた。

 さすがに一日では、全員を宇宙基地に行かせられないから、チューリングの中で休むことになる。

 ユキムラ准尉とレイナ少佐は同じ部屋で過ごしているが、見たことはなくても、かなり窮屈だろうとは想像がついた。

 元々二人共がそれぞれ一人部屋を当てられていたが、特別に下士官に当てられる二人部屋を用意して、そこに入ってもらった。

 何度か様子を聞こうとしたがヴェルベットにはうまい理由が見つからず、未だに確認していない。ただ、ロイド大尉が気を使ってくれたのだろう、ヴェルベットがいるところでその話題に触れ、レイナ少佐は問題ないと答えていた。

 少佐と大尉は幼馴染だと聞いているが、こういう垣根のない関係も貴重なものだな、などと思ったりするヴェルベットがいる。

 補給するべきものも多くはないから、ボンには一日だけの寄港で、ただ、そこでは通信に乗せられない情報があるはずだった。本当の任務は通信ではなく、書類で伝えられるだろう。

 管理艦隊は、今も情報の機密保持に神経質になっている。

 クラウン少将暗殺事件は、下手人は見つからないままで、捜査が続いているのか、何か進展があったのか、ヴェルベットの耳には入ってこない。

 あれは土星近傍会戦の直前だったが、暗殺者が管理艦隊に入り込んでいるとすれば、だいぶ厄介だ。

 司令部はそういう警戒も十分にしているだろう、と考えるよりない。

 ノイマンの副長が元は統合本部に所属した工作員だという噂だけは、ヴェルベットにも流れてきた。どこからともなく、そういう話は流れてくるし、中には、その副長が暗殺者だとか、内通者を探り出すために管理艦隊へ来た、などという話もある。

 事実かもしれないが、その暗殺者だか諜報員だかを、ミリオン級に載せる意義は、どれほどあるのか、ヴェルベットは思案したものだ。

 結論は出ないが、管理艦隊はおそらく統合本部の情報局辺りと取引でもしているのだろう。

 その一環として、全てが動いているのなら、説明がつく部分もある。

 とにかく今は、安全を確保しなくてはいけないのに、味方の中に平然と敵がいるようなものだった。

 準光速航行を経て、ストリックランド級宇宙基地ボンに着くとすぐさま、案の定、ヴェルベットとレイナ少佐が呼び出しを受けた。

 艦を管理官に任せ、補給の指示も出してから、ヴェルベットは発令所を出た。レイナ少佐が背後をついてくる。

「艦長、お礼をお伝えしないといけません、今のうちに」

 そう声が背中に投げかけられたので、ヴェルベットはちらっと背後を見て、そこに真剣な表情のレイナ少佐を見た。

「何の礼だ?」

「ユキムラ准尉を、統括部に引き抜かれるのを止めて、チューリングに留め置いていただけました」

「あれは彼の意思を尊重しただけだ。俺としても、チューリングには彼の目が必要だったし」

「それでもお礼を言うべきだと思います。ありがとうございます」

 どこか居心地が悪いものを感じながら、気にするな、とだけヴェルベットは言った。

 それだけのつもりが、思わず余計な言葉が口をついていた。

「今でもユキムラ准尉、などと呼んでいるのか。別に呼び方もあるだろう」

「え?」

 ぽかんとしたレイナ少佐を思わず確認し、自分がらしくないことを言っていると気付いた。

 前に向き直ったが、後ろから控えめな笑い声がする。

「そんなしゃちほこばった呼び方はしません。もっと自然です」

「余計なことを聞いた。悪いな、少佐」

「いえ、こちらこそ、艦長の配慮に感謝します」

 配慮というよりは、好奇心なんだがな。ヴェルベットは内心で苦笑した。

 ボンにチューブで乗り移り、そこの会議室にはウェリントン准将がいた。さらに立体映像でエイプリル中将を筆頭に、参謀たちが現れる。

 会議などではなく、与えられる任務とその詳細な解説だけで、ヴェルベットもレイナ少佐も質問はしなかった。

 会議が終わり、ウェリントン准将が酒でも飲もうと誘ってきたが、ヴェルベットはそれを断った。

「さすがに任務を前にした発令所で酒臭いんじゃ、格好がつきませんよ」

「意外に堅苦しくなってきたな、大佐。立場が人を育てるとは、よく言ったものだ」

「俺もいつまでも、鉄砲玉でいるわけにもいかないってことです」

「昔は鉄砲玉だった、という自覚も芽生えたらしい」

 自分の言葉選びを後悔しながら、「年をとりました」と冗談で切り返して、結局、准将とは通路で別れた。

 チューリングに戻ったら、すぐに管理官を集め、任務に関する説明と、それを遂行するにあたっての戦略、戦術が話し合われた。

 そんなことをしていれば、一日など、あっという間に過ぎ去る。

 管理官の会議を解散して、ヴェルベットは一人で発令所へ行った。

 艦長席に腰掛け、今は何も映していないメインスクリーンを見る。

 また戦いだ。

 しかし何か、それと対峙する自分は変わったようでもある。

 ヴェルベットが変わったとしても、戦いというものは、変わらずに目の前にある。

 何が変わったのかは、戦いの中で分かってくるだろう。

 目を閉じると、かすかな揺れもなく、艦長席のシートが自分を包み込んでいるような感覚があった。



(第13話 了)

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