第5部 エピローグ

栄光の軍人たち

 ハンター・ウィッソン氏が、今までに接した人間の中で最も優れている人物は誰か、と問われた時、真っ先に名前を挙げたのが、「ユキムラ・アート」だった。その人物は奇妙な生い立ちを持った軍人で、ハンター・ウィッソン氏に見出された彼は、やがて連邦宇宙軍において偉大な働きをすることになる。もう一つ、ハンター・ウィッソン氏が名前を挙げた人物は「レイナ・ミューラー」という女性だ。やはり軍人の彼女の功績はユキムラ・アートとはまた別の分野で、眩い光を放つ。

 この質問を向けた記者が、チューリングの双璧ですね、と言葉を向けた時に、ハンター・ウィッソン氏は困ったように笑ったらしい。そしてこう言った。

「しかし、チューリングを最も活かしたのは、ヴェルベット・ハンニバルだ」

 この軍人のことはそれほど知られていない。しかし記録を確認すれば、第一次追跡戦において火星駐屯軍所属の雷撃艦ランプリエールで、近衛艦隊を脱走してきた艦隊を相手取って、大きな戦果を挙げている。それ以降も、ハンター氏の次の艦長としてチューリングを率いて、様々な任務に従事した。ユキムラもレイナも、このヴェルベット・ハンニバルという男の元でその才覚を十分に生かした側面はあるかもしれない。

 ハンター・ウィッソン氏が語ったことの中に、戦争はある部分ではチェスとはかけ離れている、という言葉があり、それが印象に残っていると、記者はその記事に書いている。チェスのように、一人の差配で全体が動き、全体同士がぶつかり合う性質のものではない要素が戦争にはある、ということらしい。実際の戦争は、駒の数や性質よりも、一つの駒が十全の力を発揮できるのか、そこにかかっているという。ルークであろうとビショップであろうとナイトであろうと、クイーンでさえも、戦場ではその移動可能なマスが根本的に制限される可能性があり、逆にポーンが最初からクイーンの動きをすることがある。

 地球の地表にだけ人間がいた時、すでに戦争とは一対一の決闘と呼べるものから遥かに遠くなっていた。決闘とは一人の実力や運が相手の実力や運より上か下かでおおよそが決まる一方、現代戦は部隊運用が大きな意味を持った。それと同様のことを、ハンター・ウィッソン氏は言いたいらしい。つまり、宇宙における戦争も、艦船の性能ではなく、その艦船を運用する乗組員という集団の技能次第で、勝敗が決まる。

 しかしそこまで運用が重要だろうか、それも数よりも、と記者が確認すると、ハンター・ウィッソン氏は笑いながら「子供でもわかる。ルークが横に移動できなくなったら、チェックをかけるのが難しいどころか、ゲームにならないだろう」と応じたというから、なるほど、それを想像すれば、わからなくはないかもしれない。

 ミリオン級潜航艦一番艦チューリングは、傑出した才能の持ち主が集結した、稀な艦として記録に残っている。そして記録に残らない、秘密任務も多くこなしたことは、想像に難くない。

 世界が激変する中で戦い続けたこの艦は、同型艦のノイマン、そして、チャンドラセカルと比べれば、比較的、地味ではある。しかし放っている光は、やはり伝説的だと認めざるをえない。




(オーランダー・ラットン著「宇宙戦史上の英雄」より抜粋)

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