13-2 次の戦場

     ◆


 チューリングの通信室で、ヴェルベットはレイナ少佐とともにその准将からの説明を受けた。壮年の士官、ウェリントン准将。

 このウェリントン准将はクラウン少将の後を継ぐ形で登用され、元は管理艦隊の第一分艦隊を指揮していた。

「とりあえずは、二点だけだ」

 ウェリントン准将が穏やかな口調で言う。

「まず第一に、チューリングには管理艦隊の訓練艦隊に協力することを求める。第二に、チューリングには訓練艦隊への助力より前に、新しい任務を与える」

「どれだけ考えても、訓練に向いている艦でもないですがね、こちらは」

 そう最後の悪あがきでヴェルベットは返事をした。ウェリントン准将が大佐だった時から、細いものの交流があったので、准将も嫌そうな顔をしない。

「短期間でチューリングは見違えるようになったと、管理艦隊では誰もが見ている。特に上層部はな」

「たまたま、うまく行っただけですよ。しかも、半年以上を浪費しましたし」

「しかしだな、大佐、チューリングはいい環境だと私も思うよ」

「合宿所か何かと勘違いされても困りますね」

 そう言うな、とウェリントン准将が微笑む。

「その代わりに私はユキムラ准尉を諦めたのを、忘れないでくれ、ヴェルベット艦長」

「諦めるもなにも、ユキムラ准尉は有能ですし、チューリングに必要ですよ」

「しかし管理艦隊でも必要とする。それほど飛び抜けて有能なのだ」

「彼の意思を尊重することですよ、准将閣下。彼は道具ではないし、機械でもない。人間ですから」

 肝に銘じておこう、とウェリントン准将は頷いた。

「任務に関しては、いずれは火星方面へ進出してもらうかもしれない。ノイマンが以前、同種の任務に就いた」

 その話は聞いている。しかしそれは、統合本部との駆け引きの中での任務だったはずだ。

 火星も少しずつ変わっている。

「火星で、また騒動があるのですか」

「管理艦隊の情報網にも、引っかかってくる程度には、状況は緊迫している。それは当分、続くだろう」

 火星駐屯軍はだいぶ脱走艦を出したが、まだまとまりきれていないらしい。

 静かな調子で、ウェリントン准将が言う。

「管理艦隊から、二個分艦隊をチューリングの作戦に協働する艦隊として派遣する」

「通常艦がくっついているとなれば、チューリングは姿を消して、本来は存在しない、という体でいるわけですか」

「火星駐屯軍はミリオン級に好意的ではないのだ。それは近衛艦隊もだな」

 今、ノイマンが近衛艦隊と接触しているのは、公然の秘密だ。

 ヴェルベットもそれには触れなかった。

「それで、火星でチューリングに何をしろと?」

 観察だ、とウェリントン准将が言う。

「偵察ではなく? 観察とは、つまり、敵味方の勢力図を見極めろ、と、そういうことですか」

「とにかく、今は敵と味方が渾然一体としていてね、少しでも危険を減らしたい。やがては近衛艦隊、火星駐屯軍、管理艦隊の連携が必要だし、そこに思想を異にするものが混ざっているのは、好ましくない」

 わかりますよ、と答えながら、ヴェルベットは少し視線を外し、考えた。

 とにかく、今は連邦というものの枠組みを再定義するのが先か。

 そのためには、外れたいものをは外れるように促し、自分の体内を整理しなくてはいけない。

「しかしチューリングが火星へ行くのはまだ先になるだろう。実は、まだ議論の最中なんだが」

 そう准将が切り出したので、ヴェルベットは顔を上げた。若い准将は少し顔をしかめている。

「土星近傍に離反艦隊の一部が見え隠れしている。どうも物資を受け取りに来ているらしい。管理艦隊としては分艦隊を遠巻きにさせて牽制しているが、彼らは少しも動じない」

「奴らだって、飯を食わなくちゃ生きていけないのですから、放っておけばいいでしょう」

「弾薬の補給くらいは阻みたい、という意見もある」

「燃料はいいわけですね?」

 冗談が通じたようで、ウェリントン准将は頷いている。燃料くらいは渡してやれ、ということらしい。

 食料も水もなくなれば、どこかから奪うしかない。それは燃料も同じだ。

 宇宙がどこまでも広がっていて、自由にどこへでも行けるとしても、燃料がなくなれば動けなくなる。

 結局、燃料も、なくなってしまえばあとは奪うしかないのだ。奪うなら地球、火星、木星しかない。食料と水と同列の、混乱の種である。

 あるいは、とヴェルベットは思考を先へ進めた。

 独立派や離反艦隊に、燃料をどこかで採掘することを許可すれば、それで少しは彼らを圧迫せずに済む。

 ただ、今のところ連邦は土星の精密調査をやっと検討している段階で、しかも土星には自主独立を意図する集団があった。土星の独立派と、果てない旅を企図する独立派の間の関係性は、難解だった。

 そして資源を得るにも土星より外になると、まったく一からに等しい形で調べるしかないし、仮に採掘に最適な天体が見つかったとして、それを実際に採掘し、精錬して、やっと現代の燃料たる燃料液ができるような有様になる。あまりにその道のりは長い。長すぎるほどに長い。

 待てよ、とヴェルベットは思考の誤りに気付いた。

 別に燃料液にこだわる必要はない。もっと容易に手に入り、量も採掘量が多い物質から精錬できる燃料を使う推進装置や機関部があれば、それでも彼らには用は足りるのだ。

 そんな超科学が実現したら、本当に宇宙は開拓地に変わるだろうが。

 どちらにせよ、独立派に便宜を図ることを、そうと見せずに実行するとして、加減は難しそうだ。ただ、戦闘は避けることができる。

 その辺りは何か、上層部が考えるだろう。それも連邦軍総司令部、もしくは連邦政府の上層部が。

 管理艦隊の一人の士官であり、一つの艦を任されているだけのヴェルベットが考えることではなさそうだった。

「とにかくだ、大佐」

 ウェリントン准将が咳払いをして、表情を改めた。

「チューリングは土星、もしくは火星での任務が待っている。万全の態勢で待機するように」

「了解です」

 通信が切れ、ヴェルベットは通信室の椅子から立ち上がった。

「この独立派との問題は」

 レイナ少佐がささやかな声で言う。

「どうやっても解決できないと思うのですが、艦長のお考えは?」

 そんな風に促され、ヴェルベットは大袈裟に肩をすくめて見せた。

「過去を振り返ってみても、綺麗に誰も損をしない形で解決された問題の方が、はるかに少ないと思うがね。違うか、少佐」

 その通りです、とレイナ少佐は困ったように笑った。自分が夢を見すぎているとでも、思ったのだろう。

 理想や綺麗事が、ヴェルベットは嫌いではない。

 それがなければ、目標を見失うと思う。

 ただ、どこかで泥にまみれるしかないものがいるのだ。

 それは自分かもしれない。苦しいだろうが、耐えるしかないのだ。

 ヴェルベットは、行こう、とレイナ少佐を促した。



(続く)

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