9-3 暴挙

     ◆


 脈拍一一〇で複流機構を起動。

 発生しているエネルギー総量は脈拍一四〇の時に限りなく近い。まだ余裕はあるが、発生しているエネルギーの放出に限界がある。

 バッテリーはおおよそ充填が終わり、そこは受け皿にならない。

 軍曹が何か言おうとしたようだったが、ジネスも試しはこれで終わりにするつもりだった。

 やはり複流機構の意味は遅い脈拍でのエネルギー増幅なのだ。

 そこまで思ったところで、唐突に視界が真っ暗になった。

 反射的に、なんだ、と呟いた時にはサイレンが鳴り響き、明かりが非常灯に変わっている。

 端末には循環器の脈拍が燃料液の流れる速度に引きずられ、制御を離れつつあることが表示されている。

 循環器がこのまま暴走すれば、艦が内側から粉砕されてしまう。

 四人の部下から次々と報告が来る。安定剤の注入が始まるが、あまりにも燃料液が加速しているため、安定剤の効果にばらつきがある。循環器は速度を落とさずに動き続けている。

「もうできることはありません、少尉! 機関部を分離しましょう!」

 軍曹が悲鳴を上げた時、ジネスは自然と決断していた。

「お前たちは外へ出ろ! ここを閉鎖するぞ!」

「少尉はどうするのです!」

 答えずに、非常時に押し込む隔壁を閉じるボタンを、拳を叩きつけるようにして押した。

 機関室の入り口を隔壁が封鎖するまでに、四人は飛び出していった。最後に軍曹がジネスを見たようだが、ジネスにはそれを確認する余地はなかった。

 このまま非常事態の処置として、艦と機関部を切り離すことになるとして、燃料液の激流がある。無傷では済まないだろう。

 自分の好奇心で最新鋭艦を傷物にする。

 大失態、万死に値する。

 そう思っても、不思議と後悔はなかった。

 自分の愚かさで自分が死ぬのなら、耐えられる自分がいる。

 部下はそばにいない。助かるだろう。

 あとは分離の手続きを、と思った時、端末にテキストが表示された。

 緊急事態パターン第十三番と認定し、電子頭脳の権限により、機関部の操作権を移譲していただきます。

 そんなテキストで、ジネスは目を白黒させた。

 緊急事態パターン? 電子頭脳?

 電子頭脳の存在は知っている。人間よりも多くを記憶し、早く計算し、決断もできる。

 ただ、この状況を想定していたのか? 電子頭脳はそこまで有能か?

 端末の表示では、まるで熟練の機関管理官が操作しているように、電子頭脳が循環器の各部を締めたり緩めたりする。適宜、安定剤を注入し、血管が生み出すエネルギーは弱まり、燃料液自体の流れも遅くなる。

 いつの間にか循環器が軋んでいたのが、それも静かになった。

 サイレンも、鳴り止んでいる。明かりも、通常に復帰した。

 端末には「脈拍正常。燃料液の入れ替えをしてください。操作権を返還します」という表示が出て、それが消えると、元の平常の表示に変わっていた。

 何が起こったんだ?

 隔壁が自動で開き、そこから飛び込んできたのは副長のレイナ少佐と、機械の四肢のあるカプセルに入っている索敵管理官のユキムラ准尉だった。

「何があったか、報告しなさい、少尉」

 珍しく声を荒げる副長を見て、ジネスは自分が生きていること、生き恥を晒していることを理解した。

 それから自分の声とは思えないほどボソボソとした口調で説明をして、話が終わる前に「艦長の判断が必要です。出頭しなさい。発令所です」とレイナ少佐は、話を打ち切った。

 端末の前にいるのはユキムラ准尉で、機械の腕から伸びた細い副腕で端末と端子を接続させている。

「ジネス少尉、これを」

 そう人工音声に促され、ジネスは端末の前へ戻った。

 そこには全部で二十ほどの項目が並び、それは機関、循環器の事故に対して電子頭脳がどのように対処するべきか、という一覧だった。

「前の艦長は」

 ユキムラ准尉の目の代わりのカメラが、ジネスを見る。

「ハンター・ウィッソンという人で、元は機関管理官だったそうです。きっと、艦を降りる前に、こうして電子頭脳に次の機関管理官をフォローするように、情報を残したのですね。それが機能して、今回の事故は収束したんです」

 愕然とする思いだった。

 どれだけ循環器に精通していても、事故のパターンはいくつもあるし、それに対処する方法も無数にある。

 それを整理して、組み合わせる方法をハンター・ウィッソンは事前に用意した。

 知識や技量だけではなく、発想力、想像力が違いすぎる。

 行きますよ、少尉。そうレイナ少佐に促され、ジネスは機関室を出た。通路では部下の四人が立っていて、ジネスを見ているようでも、ジネスには彼らの顔を見ることはできなかった。

 発令所へ行くと、ピリピリとした空気を感じずにはいられない。

「説明しろ、ジネス少尉」

 艦長席の前で直立し、ジネスは自分が何をしたのか、話した。今度は最後までだが、気持ちが落ち着いたのか、整理して話すことができた。

「暴挙だったな」

 ヴェルベット艦長はまずそういった。

「素人を呼んだ覚えはない」

 そう言われて、自分も船を降りるのか、と思った。

「待ってください、艦長」

 思いもしないところから、声が挾みこまれた。

 艦長、副長、そしてジネスが見ている前でユキムラ准尉が言う。

「なんだ、准尉。庇うのか」

 棘のある声でそうヴェルベット艦長に詰問されても、ユキムラ准尉は落ち着いていた。

「機関部は、前任者との引き継ぎが不完全です」

「だから?」

「引き継ぎをしっかりやり直すべきです」

「もう前任の機関管理官はいない」

 それでも話をしてみたらいいじゃないですか、とユキムラ准尉が言うのに、ヴェルベット艦長は黙っていた。

 視線だけは、ジネスを射殺さんばかりだった。

 ジネスはそれから逃げるように、顔を伏せた。



(続く)

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