9-4 通信

     ◆


 近衛艦隊までの通信が中継され、地球上のその人物の姿はジネスの前に映し出されている。

「あんたかい、ジネスというのは」

 どことなく年季の入った樹木を連想させるが、反対にどこか生き生きとしているように見えるその男性は、何かを測るような眼差しをしている。

「ジネス・クロウル少尉です。ウォルター・ウィリアムズ大尉ですね」

 タイムラグがある。少しして相手は相好を崩した。

「大尉じゃない。主任だ、今の職場ではね」

 その一言で、ウォルターが気安い人物とわかり、ジネスは少し安堵した。

 艦長の判断で、ジネスは謹慎、その上でウォルターから循環器について、詳細な引き継ぎをすることになった。

 ウォルターはすでに民間人なので、色々と問題もあったようだが、そこはヴェルベット艦長が調整してくれた。艦長としても、二度と艦を本当の危機的状況に陥らせたくないのだろう。

 この面会は、ジネスからすれば、緊張と好奇心の共存した心持ちを呼び起こすものである。

「なんでも、事故が起こりかけたとか」

 そんな風にウォルターがざっくばらんに切り出したので、ジネスは自分が試したことを、説明した。その最後に、複流機構はやはり低脈拍での運用を前提にしているのか、確認した。

「そりゃ、お前さん、素人でもわかる。クリタ軍曹は教えなかったのか」

 クリタ軍曹というのが副機関管理官だった。

「現場にいませんでした」

「じゃ、お前さんが素人なんだな」

 ウォルターに決めつけられても、動揺したり、反発したり、怒りがこみ上げたり、そういうことはなかった。

 ただ、自分の不明を恥じるだけだ。

 しばらく沈黙があり、その間、画面の向こうではウォルターが耳を指でほじり、それから鼻毛を抜いた。

「チューリングの任務は」

 そんな風に、ウォルターが話し始めたので、ジネスはより集中して耳を澄ませた。

 チューリングの任務では、痕跡を残さないことが第一で、そのために機関部では腐心する。本当に些細な工夫でも、実行する必要がある。そうして痕跡を少しでも消せれば、艦が生き延びる可能性が上がる。

 実際に戦闘には加わらなくても、戦いのようなものだと、ウォルターは言った。

「誰にも見えないようにするには、チューリングはうるさすぎるんだよ。他よりは静かだが、まだうるさい。忍足も使えるが、とにかく、静かにするしかなかった。それが俺たちの命題の一つだったよ」

「他にもあるのですか」

 命題の一つ、というところが気になった。

 ウォルターは軽く顎を引いた。

「敵が忍び寄ってきたことがあった。同等の潜航艦だった。あの時、チューリングは逃げられなかった。先制攻撃をされたということもあるが、俺としては、察した瞬間に推進装置を緊急起動して、準光速航行で離脱する手もあると、そう思った。後になってね」

 潜航艦に襲われたことは、ジネスも聞いている。

 しかし、そうか、その件を踏まえて、循環器も推進装置も設定されていたのだ。

 ウォルターはそれから、循環器をチューニングする時のテクニックや、推進装置のバランスについて説明した。おおよそはジネスも知っていることだが、やはりウォルター独自の、感覚的な要素が意味を持つ箇所もある。

 ジネスの方でも質問をぶつけていくと、ウォルターは大抵、明確に返事をした。こうなると、まるでジネスが生徒で、ウォルターが教師のようになる。

 話が脱線し、ウォルターが新しい推進装置に積み替えた時、エネルギー配分に困難が生じた話をし始めた。それは今、性能変化装甲が新しいものにアップグレードされていく中で、問題ではなくなっていた。

 そのことを伝えると、いい時代だな、とウォルターは笑っていた。

 それからも一時間ほど、話をし続け、ウォルターがあくびをしたことで、ジネスはやっと時間を意識した。

「俺は面白いと思ったな、お前さんのことが。親方も気にいるだろうと思うが、まぁ、もう引退かな」

「親方というのは?」

「俺の師匠の、ハンター・ウィッソン。連絡先を教えようか?」

 少し迷ったが、ジネスは次の機会に、と断った。じゃあ、俺のアドレスを記録しておけよ、とウォルターもそれほど気にしたようでもない。

 話が終わり、通信もあっさりと終わった。

 ジネスは今、聴いたばかりのことをメモし始めた。

 忘れるつもりはないが、確認は必要だろう。書類による引き継ぎにはない、わずかな機微のようなものが、たった今までの会話には無数にあった。

 通信室から出ると、その足で機関室へ向かった。謹慎だが、少しは許されるだろう。

 それにどうしても、今すぐ、確認したい。

 部下が二人いるだけだ。一人は例の事故の時、現場にいた軍曹で、名前はウォルフ。

「ウォルフ軍曹」

 声をかけると、ウォルフ軍曹が振り返り、どこか以前とは違う視線でジネスを見た。

「後でクリタ軍曹と、会議室へ来い。小会議室だ」

「後、というのは? 少尉は謹慎中ですよね?」

「気にするな。後というのは、クリタ軍曹が戻り次第だ。三人で話をしておく必要がある」

 今更ですか、と反撃を受けるかと思ったが、ウォルフ軍曹は無言で頷いただけだった。

 ジネスは機関室を出て、小会議室で二人が来るまで、先ほどのウォルターとの話を反芻していた。そして時折、メモを見て、考えを進めた。

 どれくらいが過ぎたか、二人の軍曹がやってきた。座れと言わなくても、二人共が座るが、目の前に突き出されたものがある。

 栄養調整されたゼリー飲料のボトルだった。

「ま、飲み物くらいは許されるでしょう。謹慎中の会議が許されるんだから。どうです、飲みませんか? 少尉」

 クリタ軍曹にそう言われて、無言でジネスはボトルを受け取った。二人もそれぞれにボトルを持っている。

 話し合いはジネスが二人の軍曹に確認するような形になったが、それはチューリングに着任した時には省いた部分が大半だった。テキストの引き継ぎ書類で、聞き取るほどではないとジネスは判断していたし、訓練中なのだから、いくらでも聞き出せると思ったからだった。

 前の艦でも部下との折り合いは悪かった。今もそうなっている。

 結局、チューリングに来てみると、自分の不完全さ、欠点ばかりを見た気もする。

 話が終わると、二人の軍曹は食事に行くようだった。

「少尉もどうですか? ここまで来たら、謹慎なんて書類上のことですよ」

 ウォルフ軍曹がそういったが、「眠ることにする」とジネスは答えた。冗談ではなく実際、眠かったし、少し意識を切り替えたかった。眠れば、少しは思考の巡りも良くなりそうだった。

 二人の軍曹が出て行ってからも、それでもジネスはしばらく席に座って、メモを確認していた。



(続く)

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