8-5 まっすぐな感情
◆
訓練日程の三分の二が終わった。といってもだいぶ延長されている。
ザックスの騒動と火器管制管理官の交代の影響だが、そういう意味ではヴェルベット艦長も管理官の間の状況を把握しているが為に、訓練を続けているようだ。
アリーシャ軍曹とレポート少尉の連携は、訓練を重ねるごとに形になっていくのが、快感さえも伴うほど、鮮やかだ。
どちらかが相手に合わせているわけではなく、阿吽の呼吸のようなものが生まれつつある。
訓練が終わり、発令所を離れられるようになると、アリーシャ軍曹、レポート少尉、ユキムラ准尉とロイドが集まれるときは、必ず集まる。全員が揃わなくても、ロイド以外の三人は可能な限り、訓練について議論するようだ。
議論がここまで効果的というのは、ロイドの中ではあまりない経験だった。
自身の経験では、大抵は教官の立場のものが何かしらの指摘をして、あとはロイド自身が必死に調べたり、考えたりしたものだ。
だから教官によって方針が違うと、混乱したりもした。
今の四人は、対等に、フラットな意見の交換ができている。ロイドには新鮮で、アリーシャ軍曹も少しずつ心を開いている。レポート少尉はまだどこか壁を作っているが、話す時の表情のかすかな違いを読み取れるようになった。
もうアリーシャ軍曹とレポート少尉が口論することはないだろうとロイドは判断した。
「そろそろ僕は必要ないかな」
そう確認してみると、いれば良いじゃないですか、といったのは、意外なことにレポート少尉だった。
「大尉がいた方が、意見が出やすい」
「艦運用管理官は艦を整えるのが仕事で、実際に艦を操ったり、敵を撃ったりはしない」
「人間として意味がある、という意味です」
妙なことをいう少尉にアリーシャ軍曹も同意し、ユキムラ准尉も「暇な時だけでもどうです?」と冗談交じりに水を向けてくる。
「それとも彼女が気になるのかな、大尉は」
いきなりレポート少尉にそう言われ、ロイドとしては笑うしかない。自律操縦管理官の不機嫌顔は有名だ。
「意外に陰湿そうな顔をしているからな、あの子は」
レポート少尉のジョークに思わずロイドは声を上げてしまった。
「確かに陰湿そうに見えるかもしれないが、根は素直で、結構、直球勝負な性格だよ」
「惚気は勘弁してください。大尉がいた方が、空気が少し変わる」
そんな効果が自分にあるとも思えないが、発令所では第三位の階級だ。
ここで仲間を把握するのも案外、悪くないかもしれない。
議論がおおよそ終わり、解散になった。しかし唐突に訓練が始まるかもしれないので、のんびりはしていられない。それでも眠る必要はある。
部屋までの通路を歩いていると、壁に寄りかかるように女性士官が立っているのが見えた。
「やあ、レイナ。何か、僕に用かな」
そこにいるレイナ少佐は、肩をすくめている。
「私が動こうかとも思ったけど、ロイドがうまくやってくれて、そのお礼をそろそろ言わなくちゃな、と思っていたところよ」
「アリーシャ軍曹とレポート少尉のことか。きみもユキムラ准尉を混ぜることを考えていたのかい?」
「ザックスとカードの時、ユキムラ准尉はいい働きをしたって、ハンターさんから聞いていたからね」
なるほど、そういう発想か。
立ち話になり、レイナ少佐は艦長がおおよその満足をしていると教えてくれた。
「艦長自身は何もしないのに、か。いい気なものだ」
「あの人は、アリーシャ軍曹が最初に失敗した時、すぐに動いたじゃない」
「動いた? いつ?」
「ユキムラ准尉を叱責した」
あのことか。
あれが艦長の動きということは、演技か。もし演技なら、名役者と言ってもいい。
「それはレイナ、きみはあの時にわざと黙っていたってことかな? 僕はいてもたってもいられなかったが、きみが黙っているのは変だなと思ったよ」
「ユキムラ准尉も承知していたわよ。あれはわざとだったのだからね。悪い影響がないように、配慮はした」
「まったく、敵わないな」
そこから本当の雑談になり、三人の管理官の様子や会合での話の内容などを確認し、レイナ少佐は会に混ざりたそうにしていたが、さすがに遠慮する意志のようだった。
不意に話がエルメス准尉のことになり、ほとんどないことだが、レイナ少佐の方からエルメス准尉とロイドの関係を確認してきた。
「そんなに特別なことは何もないよ。普通の、その、関係」
「別に隠す必要はないわよ」
「そういうレイナも、ユキムラ准尉との噂があるけど」
「私も彼も隠すつもりはないわね」
そこまで話して、唐突にザックスのことが頭に浮かんだ。
最後の最後に、自分が宇宙海賊だと、隠しきれなかった。
そういう負い目は、何かの時に判断を誤らせるかもしれない。
レイナ少佐のようなまっすぐに進む方が、あるいは何事にも正しいのだろう。
エルメス准尉とのことは、よく考えるとしよう。
もう話を終わりにして、そろそろ休もうと思った時、唐突に通路の明かりが消え、次には非常灯が点いた。
警報が鳴っている。艦内放送で電子頭脳が、機関部に問題が発生したことを告げている。
これは演習ではない、とも。
顔を見合わせることもなく、ロイドとレイナ少佐は機関室へ向かって駆け出していた。これは訓練ではないという想定の訓練ではないか、とは二人とも思わなかった。
少なくともロイドは直感的に、これは本当の警報だと感じたのだ。
機関室が見える位置で、目の前の機関室から機関部員が四人、転がり出てくる。本気で慌てている。
誰かが「少尉!」と叫ぶ目の前で、機関室と通路を隔てる隔壁が閉まっていく。ロイドとレイナ少佐の目の前で扉は閉まり、その機関室を封鎖した隔壁のそばで、機関部員に事情を確認した。
循環器の不具合だという。機関部員は顔面蒼白なのが、非常灯でもよく見えた。
レイナ少佐が壁の端末から、発令所に確認を取り始めた。ロイドはここにいてもやることはない、発令所に向かうしかない。
艦運用管理官には、何か、仕事があるはずだ。
(第8話 了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます