8-4 きっかけ

     ◆


 食堂での話し合いは、発令所にいる時間、休憩する時間以外、ほとんど全てを振り分けるように行われた。

 ユキムラ准尉が中心になり、最新の訓練から過去の訓練まで遡った。

 それはザックスがいた時まで戻り、最初、レポート少尉は不服そうだった。

 ただ、ユキムラ准尉の意図が見えてくると、不服だろうと、不愉快だろうと、目を反らせなくなったようだった。

 まるでユキムラ准尉はザックス本人であるかのように、火器管制管理官の思考と行動を分析した。

 そうしてみると、的を外し続けていたザックスが何を考えていたかが、手に取るようにわかる。

 全てではないが、レポート少尉の操艦との齟齬があったのが間違いない場面も多くある。

 そもそもレポート少尉の操艦にも癖がある、とユキムラ准尉が言った時、思わずといったように当のレポート少尉が短く声にして笑った。

 彼が笑うところを、ロイドは初めて見た。

「それは、准尉、どんな人間にだって癖はある」

「癖の性質の話です。レポート少尉の前任者のカードさんはどちらかというと、奇策を好みましたし、相手の意表をつくことで有利な展開を呼び込みました」

「俺の癖はどういう癖だ?」

 そう促されて、ユキムラ准尉はまるで考え続けていたことを披露するように即答した。

「レポート少尉は小細工をされません。比較的直線的に、艦を操られています」

「それがいけない、と?」

「まさか。それが最も有効な場面があり、別の場面ではわずかに出遅れる、そういう振れ幅あるだけで、大抵は良くも悪くもありません」

 辛辣だな、と思ったが、ロイドは特に取り繕わなかった。

 こういうユキムラ准尉もいる、と考えただけだった。ちゃんとした人格があり、思考があり、学識があり、閃きがある。

 優れているじゃないか。いつの間にか、一流の人間になっている。

「その振れ幅の中で、最善を選ぶのが管理官の仕事ですが、最善だと思ったものが食い違うと、うまくいきません」

「わ、私が」

 アリーシャ軍曹が発言する。

「私が、レポート少尉に、合わせます」

「そういうことでもありませんよ、アリーシャ軍曹。レポート少尉の選択は艦の置かれた状況、場合によって変わるし、少尉の直感でも変わります。反対に、アリーシャ軍曹の選択だって変わりますよね」

 テーブルに乗り出すようにしてレポート少尉がユキムラ准尉を見て、アリーシャ軍曹もユキムラ准尉を見ている。

「二人が同じように状況を認識する。それができれば、もっとうまくいきます」

「おいおい、准尉、俺と彼女は別人だ」

「当たり前です。でも目にしているものは同じ場面です」

 わからんなぁ、とレポート少尉が椅子の背もたれに寄りかかり、天井を仰ぐ。アリーシャ軍曹は何かを考えているようだった。

 ロイドは急に、しゃべる気になった。

「この傷のことなんだけど」

 自分の左のこめかみのところをすっと撫でる。そこには消すこともできるが、消していない深い傷跡がある。レイナ少佐などは男前が上がったなどと冗談で言うが、話題にするものは少ない。

 ゆっくりと、ロイドはチューリングが敵の潜航艦に狙い撃ちにされた場面の話をした。

 艦が被弾し、端末に叩きつけられ、こめかみを切ったのだ。

 それから意識が戻らなかったというが、ロイドからすれば一瞬で自分が発令所から医務室に移動したようなものだった。

 自分の頭が端末に叩きつけられたはずでも、もうその記憶はない。

 被弾の場面の記憶さえあやふやなのだ。

「それだけ僕は幸運だったかもしれない」

 自分で口にして、自分自身が納得するような気になっていた。

 そう、幸運なのだ。

 こんな傷一つで済んだ。

「あの戦いの場面で、何人もの兵士が心に傷を負ったし、それはカードやザックスもそうだった。あの場面を知っているザックスは、その経験もあって、余計にレポート少尉とは合わなかったんだろうな」

「抽象的ですね、大尉」

「同じものが見えなかった。見えなくなってしまった。そういう関係が、ザックスとレポート少尉の食い違いだと、今はわかる。ただ、今はレポート少尉とアリーシャ軍曹という、比較的近い立場、激しい齟齬のない二人が組んでいる。うまくいくと思うよ、僕は」

 希望的観測ですよ、とレポート少尉が憮然としているが、しかしそこから先は何も言わなかった。

 タイミングよく抜き打ちの訓練だろう、警報が鳴り出した。ロイドも知らない訓練である。艦運用管理官の技能が試されるのかもしれない。

 発令所に着くと、なるほど、シャドーモードが機能不全を起こしているとメインスクリーンに表示されている。ユキムラ准尉が索敵を開始するし、アリーシャ軍曹はいつでも攻撃できるように火器を全て起動した。

 結局、この訓練はロイドが部下と共に性能変化装甲を調整し直すことで、終了した。

 休息の時間になる。少しでも眠る時間を取ることにして、発令所を部下に任せた。

 前をアリーシャ軍曹が歩いていて、その横には長身のレポート少尉がいる。何か話をしている。

 その雰囲気を見ていると、状況は少しずつ変わっているのが感じ取れた。

 士官のための狭い一人部屋に戻り、折り畳みベッドを引き出し、横になった。

 意外に疲れていたようで眠りはすぐにやってきた。

 かすかな、あるかないかの、震動が背中を伝わってきた。



(続く)

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