8-3 最初の会合
◆
訓練が続くが、アリーシャ軍曹の苦労は変わらない。
粒子ビームによる射的もだが、仮想の魚雷を近接防御レーザー銃で打ち抜くのにも苦労する。
ロイドはユキムラ准尉と協力し、アリーシャ軍曹の端末に、艦が向かっている方向、そのベクトルを表示する仕組みを構築した。素人向けの装備、などとヴェルベット艦長は評価したが、これで粒子ビーム砲は比較的、当たるようになった。
ただレーザー銃だけは、必ずと言っていいほど、初撃を外す。
一応、訓練の上では魚雷を撃墜してチューリングに損傷はないが、超一流には程遠い。
何が原因かは、ロイドも繰り返し考えていた。
経験不足、もしくは艦の癖のようなものへの理解が足りないのか。
そういうことを考えているところで、当のアリーシャ軍曹が声をかけてきた。食堂でだ。
エルメス准尉がいれば普段より機嫌が悪くなっただろうが、この時はいなかった。
「あの、大尉」
その声に顔を上げた先にアリーシャ軍曹がいて、保存食を乗せたトレーを手に立っている。
自然と空いている席を示すと、彼女は無言で一礼して、座った。
どちらも口を開かず、黙々と食事を進める。
「どうしても、その」
やっとの事で、という感じでアリーシャ軍曹が言葉を口にしたので、正直、ロイドはホッとした。どうやってこの軍曹に接するべきか、何から切り出すべきか、分かりかねていたからだ。
「呼吸が合わなくて」
「何と?」
「操舵管理官のレポート少尉です」
はっきりと名前が出たのは、ロイドが見ていたアリーシャの雰囲気とは少し違うものがある。
ただ、自分の不手際を他人のせいにしてる、というようではない。あくまでも声の響きでは、だが。
ロイドは丁寧に確認した。
「狙いが外れるのは、操艦のせいだってことかな」
「そこまでは言えないんです。ほんのわずかな呼吸です」
難しい問題だった。呼吸を合わせるための手法など、存在しないだろう。
戦場に立てば、どういう状況であろうと、一発で呼吸が合わなければ、負ける。
どうアドバイスができるか考えているところへ、食堂にユキムラ准尉が入ってくる。まるで何かを知っていたかのようにこちらへやってくるカプセルに、ロイドは何か、大きな意志を感じた。
「珍しい顔合わせですね、大尉」
ユキムラ准尉の冗談に苦笑しながら、ふと思い立って、先ほどのアリーシャ軍曹の話をそのままユキムラ准尉に伝えた。
准尉も腰をすえるように動かなくなり、話を聞いてから、少しの沈黙の後に話し始めた。
それはロイドも何度か目にした、選抜試験を兼ねた訓練を受けていた時のことだった。
カードとザックスが激しくやりあい、この二人の関係はライバルなどとも言えない、ほとんど宿敵に近いものだった。
カードはザックスの射撃を回避するために不規則な動きを訓練艦に取らせ、ザックスはどうにかそれを撃破するようにセオリーを無視する。
それからハンターがどういう機転だったのか、この二人を組ませたが、最初は上手くはいかなかった。
ザックスが標的を撃とうとすれば、別のことを考えて艦を操るカードの操舵で、狙いが外れるのだ。
二人の対立が深刻にならなかったのは、どこかでそれぞれが相手を認めていたからだ。
ユキムラ准尉がそう表現して、それにアリーシャ軍曹は聴き入っている。ロイドもあの場面のことを思い出していた。
二人は食堂で、端末を間において議論というより口論を繰り返していた。
そこへユキムラを入れただけで、ハンターは全てを上手い方向へ転がしたのだ。
「話をしてみるのはどうですか、アリーシャ軍曹」
ユキムラの言葉に、明らかにアリーシャ軍曹は狼狽えている。
「わ、私、あまり話は、得意じゃなくて」
「それはあまり関係ありませんよ。レポート少尉の意見を聞けば、何かがわかるかもしれない」
「で、でもぉ」
アリーシャ軍曹が煮え切らないのを、ユキムラ准尉は無視したようで「連絡しました」というのに「え」と不憫な火器管制管理官は声を漏らし、次には「来るそうです」という人工音声に「ええ!」とアリーシャ軍曹はついに立ち上がった。
しかし立ち去らずに、ゆっくりと椅子に座り直した。
しばらくすると、本当にレポート少尉が食堂にやってきた。
「何の話かな、准尉。訓練に関することか」
ぐるりと三人を見回し、リポート少尉は不機嫌を隠そうとしない。
「少し、訓練の実際を検討しようかな、と思いまして」
「この四人でか? 准尉」
「やってみましょう」
ため息を吐いて、レポート少尉が席に着く。ロイドが聞いている範囲では、抜き打ちの訓練はこれから二時間半ほど後になる。それまではここにいられるだろう。
ユキムラ准尉がカプセルに差し込んで持ち歩いている端末を取り出し、テーブルの上に映像を展開する。
レポート少尉がいるからだろう、明らかにアリーシャ軍曹は動揺している。その代わりをするように、ユキムラ准尉が話し始める。
映像の中では、チューリングの撃った粒子ビームが、標的を外している。
まずユキムラ准尉は、火器管制管理官が発砲したタイミングについて言及した。わずかに早いというのである。ロイドから見ても些細な違いだ。確かに遅らせれば、チューリングの機動が安定するから、ブレは小さい。
アリーシャ軍曹が誘われるようにゆっくりと意見を口にするが、専門的というより、感覚的と言っていい。
ユキムラ准尉が示したわずかな間合いを測る術を、彼女は改めてユキムラ准尉に確認しているが、准尉は自分だから見えると応じている。
次にユキムラ准尉は、レポート少尉の操艦に関して、意見を言い始めた。
最初は聞く気もないような雰囲気のレポート少尉だが、話が進むと、そのレポート少尉は表情が変わってきた。瞳の光り方もだ。
結局、二時間半でも話は終わらず、中途半端なところで抜き打ちの訓練で全員が席を立ち、発令所へ向かうことになった。
(続く)
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