第9話 偏屈な機関管理官

9-1 不撓不屈

     ◆


 ジネス・グロウルは四十をいくらか超えたが、まだ未来があることを信じきっていた。

 もともとは訓練学校で初期の循環器を学び、それから軍に入ると、機関管理部門の一員として多くの艦に乗り込んだ。

 彼の生まれた家は中流家庭だったが、父親が宇宙船の推進装置を建造する工場に勤めていたことが、幼いジネスにとっての未来に道筋をつけた。

 推進装置は本当に些細なことでその特性が変わる。

 瞬間的に大出力を発揮することもできるし、粘り強く稼働時間を延ばすこともできる。

 様々なテクニックがあり、それはそれぞれの技術者の個性のようなもので、際限がない。

 幼い頃から工作をやらされたが、いつの間にかそれを仕事にするつもりになった。

 いつからあるかもわからない工業高校から訓練学校へ進学するのは、教師からすれば困難な上に困難で、もっと平凡な進路を選ぶようにと言われた。

 この経験、体験もまたジネスにある種の気質を植え付けることになった。

 彼は必死に勉強した。実技の訓練も父親に頼み込み、父の在籍する工場で実際的な教材を使って、自分に叩き込んだ。

 結局、ジネスは訓練学校に合格した。

 勉強さえすれば、時間と努力さえ傾ければ、目標に辿りつける。

 十代のジネスはそう確信し、実際、訓練学校でも必死に勉強した。周囲からは最初、ガリ勉男、などと古典的な表現を使われたが、そのうちに、鬼、と呼ばれるようになった。

 人付き合いは好きでも嫌いでもないが、自然と時間が削られ、親友や恋人どころか、友人らしい友人もほんの数人しかいないのは、今も変わらない。

 訓練学校での成績は、上位でありながら、二十位ほどのことが多かった。

 まだやれる。まだ上に行ける。

 そう思い、また机に向かう日々だった。実技では朝や放課後でさえ、時間があれば訓練学校にある複数の推進装置や、当時は主流だった反応炉と呼ばれる機関部の本物そっくりの模型を、バラバラにしたり、組み立て直したりした。

 そのうちにそれらの構造は、図面を必要としないほど細部まで頭に入ったし、一本のネジを見せられただけで、どこの何を留めるために使われ、何本が必要かも諳んじるようになった。

 しかし成績は上がらない。

 いつかは上がる。ジネスの努力は止まることがない。それだけが取り柄だと、彼はほとんど盲目的に考えていたし、それ以外に自分に見るべきものはないとさえ、考えていた。

 最終的には訓練学校は十四位の成績で卒業した。

 火星駐屯軍の駆逐艦に機関部門の二等兵として配属され、それからは怒涛だった。

 実戦の場はなくとも、階級を上げるには、最新の知識と技術、そして実際的な成果が必要だった。

 一度ならず、推進装置のチューニングを巧妙に調整し、艦の動きをよくしたこともあるし、不調をきたした反応炉を調整し直したりもした。

 それでも昇進はできない。軍学校、士官学校卒業者の方が早く上へ上がっていき、訓練学校卒業生、それも機関部門のような実際の戦闘とは無縁の場所では、軍功のあげようもない。

 五年すぎ、十年が過ぎた。

 その間に火星駐屯軍の戦闘艦、高速艦、戦艦と場所を変えた。

 そこで思わぬことに近衛艦隊からスカウトされた。新規の駆逐艦の機関管理官の補佐をしろというのだ。

 この時の階級は曹長。あまりに遅い昇進だが、ジネスは腐らなかった。

 まだいける。まだ上がれる。それだけが頭にある。

 そして近衛艦隊に行くことは、そのステップを大きく進ませることになる。

 配属されたのは近衛艦隊の駆逐艦マッカートニーで、そこで初めて、最新の、そして本格採用された循環器に触れた。

 循環器は燃料液を特殊な管の中に流し込むことで、その燃料液と管の間で起こる反応からエネルギーを取り出す。

 機関部はまるで心臓のように見える。

 機械の心臓だ。

 事前に学習していていた初期の循環器より大型で、そして高出力だった。

 技術者たちは、これが反応炉に代わる新しい機関になると見ていたし、それにはジネスも異論はなかった。

 必死に書類を読み漁った。それも実践を踏まえた技術書ではなく、様々な企業や研究所が、循環器を作る間で起こったこと、作った後の試験のことをまとめたレポートで、場合によっては全く矛盾することもある。

 まだまだ循環器は発展の初期で、誰にも本当の性能や、本当の特質は、手探りでしか確認できない時代だった。

 ジネスは独学で学習を進める一方、連邦軍主催の講習会や勉強会、訓練プログラムに参加した。

 いつからか、食べ物を口にしながらテキストを眺めることが増えた。

 体重が増えても、ジネスは気にしなかった。自分が肉弾戦をするわけでもないし、そもそも宇宙船に乗るのだ。気になるのは軍服のサイズくらいだ。

 近衛艦隊では駆逐艦、戦闘艦、と配置される艦を移り、四十になる前にやっと少尉に昇進して、それで近衛艦隊の戦艦プレスリーの副機関管理官に任命された。

 上官である機関管理官は老人で、明らかに退役を先伸ばしにしている、不愉快な大尉だった。

 しかし周りの機関部門の要員は、この老人を慕っていて、ジネス一人が敵視していた。一度ならず、寄生虫のような男だ、と思ったものだ。

 それから数年の間、ジネスは耐え続けた。老人の大尉が退官するのを待ったのだ。

 このままなら、自分がその後釜で、戦艦の機関管理官になれる。そしておそらく、中尉、もしくは大尉になれるだろう。

 しかしそれより先に、思わぬ打診があった。

 管理艦隊に籍を移せ、というのだ。

 これにはずっと強気でいたジネスも、愕然とした。

 近衛艦隊から管理艦隊への異動など、左遷ではないか。

 ジネスは通達を何度も確認した。間違いはない。

 彼の指はぶるぶると震えたものだ。

 しかし事実、現実が、変わることはない。



(続く)

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