第5話 さらば、我が家、我が友

5-1 後任

     ◆


 ハンター・ウィッソンは火星駐屯軍の将校がまとめた報告書を手元に置いて、テーブルに肘をついて体重を預け、目をつむっていた。

 ヴェルベット・ハンニバルという大佐、雷撃艦ランプリエールの艦長が気になっていた。

 一度、話をしただけだが、面白い思考法をする。広い視野を持っているが、それよりも気になるのは、どこか全てを見放している、放り出しているような気配が、興味深い。

 報告書は、同じ戦線を担当した艦艇の艦長の報告書から抜粋されているのと、雷撃艦ランプリエールの乗組員の報告書からの抜粋で、それぞれの視点で構築され、検証されている。

 ヴェルベット大佐の挙げた戦果は、特筆に値する。

 しかし周囲からの評価それほど芳しくない。

 自殺行為が運良く成立したがためにあれだけの戦果があった、とはっきり書いている別の艦の艦長すらいる。また別の艦長は、常識はずれの正気を疑う戦法だった、とも書いている。

 同乗していたランプリエールの管理官たちも、死を覚悟したと表現するのは良心的な方で、艦長と心中するべきか迷った、と表現するものもいて、もっとあけすけに、艦長を射殺してでも指示を覆そうか検討した、と書いている管理官がいて、ここまでくるとかなり深刻である。

 ハンターは、机の上の報告書の束を指先で叩き、顔をしかめて唸り声をあげた。

 優秀なのは間違いない。勇気もあるし、戦闘や戦場を詳細に把握し、敵を撃破する術、それも最適に限りなく近い戦法をその場で選択できる。

 戦場における最適解というものは、時に安全を度外視するのを、ハンターは知っている。

 知っているが、ハンター自身がそれを選択する意志力があるかは、わからない。

 それを実際の戦場で、現実に命令できるのだから、ヴェルベット大佐はなるほど、優れているが、味方や乗組員は気が気じゃないだろう。

 周囲からの評価と戦果、そして本人のイメージ、それらがどこか食い違う。

 ヴェルベット大佐という男性を、ハンターとしてはチューリングの新艦長に任命したいところだった。

 問題点ははっきりしている。

 チューリングという艦とその任務が、ヴェルベット大佐のやり方に適合するのか。

 もしかしたら、ヴェルベット大佐の持ち味を消すようなことにならないか。

 こちらも周りの意見を聞くとするか。

 呟くようにそう声にして、端末を操作し、ハンターはレイナ少佐を呼び出した。

 チューリングはまだ宇宙ドックのフラニーで補修を受けている。

 そこからハンターとレイナ少佐だけ、ホールデン級宇宙基地カイロへ移動して、雑務をこなしていた。

 退官の意向は管理艦隊司令部に伝え、同時にカード曹長、ウォルター大尉のことも打診していた。ウォルター大尉はおおよそ決定で、カード曹長も意志が通るはずだ。

 一度、エイプリル中将が個人的に連絡を取ってきて、チューリングの能力が落ちるのでは、と確認してきた。

 それに対して、一時的なものでしょう、とハンターは澄まして答えたものだ。

 苦り切った顔になりながら、惜しい、とだけエイプリル中将はハンターの戯言の奥の真意を評価していた。

 ドアのチャイムが鳴り、受けるとレイナ少佐である。ドアを開けると、女性士官はいつも通りにキッチリした軍服姿で現れた。

「忙しいだろうが、この報告書を読んで、どういう人物だと思えるか、考えてくれ」

 報告書を手渡すと、「誰の資料ですか?」と口にしながら、彼女はもう一枚二枚とめくっている。

「新しい艦長にどうか、と思っている」

「雷撃艦の艦長ですか。探査や索敵や追跡、そういったチューリングの任務に向かないのではないですか」

「よく報告書を読んでくれ。時間がないから、明日、話を聞く」

「これだけ厚いと三日くらいで熟読したいですよ」

 いつの間にかハンターとは軽口を叩けるこの少佐に、ハンターとしては新艦長とチューリングの乗組員との連携を取り持って欲しいが、今はそれを口にしなかった。

 もしレイナ少佐が、ヴェルベット大佐は適任ではない、と言えば、ハンターは考えを改めることを意識することになる。

 レイナ少佐が退室し、ハンターは今度はカード曹長とウォルター大尉の代わりを探るための、人工知能に検索させた個人情報の一覧に目をやった。

 そこまでをハンターが探すのは、やややりすぎだろうとは思う。

 新しい管理官は、新しい艦長にも選ぶ権利がある。

 軍隊だから、上からの命令に従う必要はあるが、少なくともハンターにはこの件において全面的な人事権はない。あるとしても一部に作用する、弱い力だけである。

 新艦長の選考に関しては、エイプリル中将が控えめに権利として関与を認めているが、管理官は別だろう。

 夕食の時間になり、ハンターは食堂へ行った。士官食堂があるので、雰囲気はどこか落ち着いている。

 一人きりで食事をしていると、不思議と周囲のことがよくわかる。

 管理艦隊の士官たちは、どこか不安げで、何かを頭の中で考えているような空気を発散させている。

 それは地球連邦、連邦宇宙軍の分裂が、管理艦隊をどう左右するか、誰もが気にしているからだろう。

 連邦宇宙軍は敵を得たが、皮肉なことにその敵は身内だし、しかも管理艦隊は、いわば辺境での任務のために、本隊とは物理的に離れている。

 まさか軍閥にもならないだろうが、管理艦隊は今まで通りというわけにはいかない。

 食事を終えて執務室に戻り、二時間ほどは名簿をチェックし、その軍人たちの経歴や戦歴の一覧を確認するのに費やした。

 眠る前にウイスキーの小瓶の中身を一口、飲んだ。

 艦を降りれば、酒などいくらでも飲める。

 その時はもう間近なのだと思うと、不思議と今だけは酒は控えようと思うのだった。

 寝起きしている部屋まで歩きながら、頭の中にはまだヴェルベット大佐のことがあった。

 まだ三十をいくらか超えたところで、しかも大佐の階級だ。過去にも曇りはない。

 ただ、無謀かもしれない。チューリングには向かないのではないか。

 その先入観を振り払うように、ハンターは何度か頭を振った。



(続く)

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