5-2 残された仕事

     ◆


 ウォルター大尉が執務室へやってきて、「こいつなんですが」と机の上に端末を置いた。

 触れると、立体映像が出現する。カタログで見た装置で、すぐ記憶が繋がった。手の届く範囲、すぐそばに記憶されていたと言える。

「循環器の補助装置だな」

 人事について悩んでいたので、ハンターは気分転換に機関管理官の示す映像をじっくりと見た。

 ここにウォルター大尉がいるのは、除隊許可書を受け取りに来たためで、宇宙ドックフラニーに転送できたが、事前にハンターには連絡があり、ちょうど良いから会って話したい、と言っていたのだ。

 挨拶より先に、ウォルター大尉はこの新しい装置が気になるらしい。

「こいつがですね、親方、複流機構、っていう名前で、循環器システムの燃料液循環を加速させられます。出力は理論的には三割増し、無茶すれば四割増しだそうですが、眉唾です」

「しかし実際にチューリングに増設されたんだろう?」

 立体映像を操作すると、チューリングにその装置を増設した場合の循環器全体が浮かび上がる。

「開発部門の連中はうまくいくと言っていますし、シミュレーションも試験運転も、問題ありません。ただちょっとしたコツが必要です」

 そう言ってから、ウォルター大尉は細々としたトラブルを提示し、それぞれの対処方法を披露した。

 想定しているパターンが多すぎるし、その中にはチューリングが壊滅的な打撃を受けた場合もあった。

 もっとも、そういう悲劇的シチュエーションは、大抵、念入りに検討される一方、機関部門の要員は運悪くそれが現実になるのを恐れる。

 仮に艦がギリギリのところで生き延びられるかもしれない、となった時、機関が暴走してそれで艦が致命傷を負う、という悪夢が如実に想像できるのだ。きっと機関部が身近な場所にあるからだろう。

 ハンターはいくつかの質問をして、ウォルター大尉の対処法のわずかな間隙さえも指摘した。

「なんです、親方はこの装置について知っていたのですか」

「たまたまアンテナに引っかかってね」

 アンテナなんてもう誰も知らないですよ、とウォルター大尉はそっぽを向いた。

「よく検討しておこう。除隊許可書は受け取ったか?」

 そう水を向けると、一転してウォルター大尉が満面の笑みになる。

「二ヶ月後です。久しぶりに自由になれます。まずは火星観光をして、それから地球へ帰るつもりです。親方はどうなりましたか?」

 ハンターは引き出しから、受け取ったばかりの書類を見せてやる。

 除隊許可書。やはり二ヶ月後だった。

「親方、二人で何か、工場でもやりませんか。功労金が入るんですから、ちょっとした小型の宇宙ドックくらい、買えますよ。そこで民間の修理工場をやればいい」

「おいおい、お前、地球へ行くんじゃないのか?」

「少し休むと、また宇宙が恋しくなる気がしますよ」

 そんなものかもしれないな、とハンターは考えた。ウォルター大尉はハンターより十以上、若いこともあるが、ハンター自身もどこか宇宙には居心地の良さを感じる。

 それから二人で循環器に関する雑談になり、それが自然と新艦長の話題になった。

「例の大佐殿を推薦しましたか?」

 さりげなく確認されて、まあな、と答えて、ハンターは髭に覆われた顎に触りながら、考えた。

 エイプリル中将とリン少将、ポートマン准将と話をしたが、三人の中でもポートマン准将が際立って否定的だった。

 これが今の管理艦隊の実際だが、誰がどんな意図を持っているか、考えざるをえない。

 ポートマン准将はヴェルベット大佐ではない、近衛艦隊に籍を持つ駆逐艦の副長の中佐を推しているようだ。

 自然と、背景や人間関係、思想などは把握しているだろうが、それはハンターが知っているヴェルベット大佐の素性もキッチリと把握されている。

 あとは将官で話し合うとなり、ハンターはその報告を待っている。

 先に資料を見せていたレイナ少佐の判断はといえば、「よろしいのではないですか」だった。

 これには思わず、ハンターも彼女をまじまじと見てしまったものだ。

「意見はないのか?」

 そう確認するハンターに、少佐は笑みを見せて、

「チューリングの管理官と見比べれば、まともな方です」

 とのことだった。

「猪武者みたいな艦長がチューリングの繊細さに耐えられますかねぇ」

 ハンターは思考から浮上し、そう言う退役間近の機関管理官に対して、思わず笑っていた。

「どうせ私もお前も艦を降りるんだから、後のことを心配する理由はないな」

「結構、好きな奴らが多いんで、無駄死にしてほしくないんですよ」

「それは私もだ」

 話は終わり、ウォルター大尉に酒に誘われらが、ハンターはそれを断った。

 あと二ヶ月で仕事が終わる。それまでに可能な限り、整理を進めておくつもりだった。

 翌日、ウォルター大尉が顔を見せ、挨拶をしてフラニーへ戻っていった。

 昼前になり、エイプリル中将から通信が入っているという連絡があったので、通信室へ出向いた。

 立体映像のエイプリル中将が、どこか上機嫌なので、ハンターには話の内容が聞く前にわかった。

「とりあえず、ヴェルベット・ハンニバル大佐を、チューリングの指揮官とする」

「わかりました。いつ、彼をこちらへ?」

「すでに通達を出した。ハンター大佐はフラニーへ向かえ。副長もだ。そこでヴェルベット大佐と話ができる」

 艦船の座標により、カイロよりフラニーの方が火星方面に近いのだろう。ヴェルベット大佐とハンターたち、お互いに歩み寄るようなものだ。

「チューリングの補修は終わっている。君なら知っているだろうが」

「はい、報告書で把握しています」

「新しい艦長によく、言い聞かせてくれ」

 その表現に、笑いをこらえながらハンターは頷いた。

 言い聞かせろ、というのだから、チューリングの本来的な意味を説け、ということだ。

「次の任務は既に決まっているのですか?」

 確認すると、エイプリル中将が頷く。

「離反艦隊を追跡し、摘発することが管理艦隊に求められている。もっともこれ以上は、軍を離れるものには言えないな」

 了解しました、とハンターは応じた。

 とにかく、管理艦隊は重要な立場になりつつある。

 しかし、ミリオン級にはどういう使い道が残されているのだろう。

 通信が切れ、室内の明かりが元に戻ってから、ハンターはしばらくそこに立って、考えていた。



(続く)

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