4-5 管理艦隊の老士官

     ◆


 通信室へ行くと、副長はまだヴェルベットの様子をうかがっているが、ヴェルベット自身もなぜ、管理艦隊が自分に接触するか、わからなかった。

 こうして公の通信網を使っているのだから、秘密通信の色はない。

 管理艦隊は独立派、離反艦隊の登場により、非常に不可解な状況にいるのは、ヴェルベットも知っていた。

 ほんの数日前に耳に入ったが、管理艦隊の主力が超大型戦艦とその護衛艦隊とぶつかり、何があったのか、管理艦隊は超大型戦艦を撃沈も拿捕もせず、そのまま素通りさせたという。

 それは管理艦隊司令官のエイプリル中将が認めた行為で、その件でエイプリル中将は連邦宇宙軍総司令部と議論の最中とも聞いた。

 ヴェルベットの中にある発想に近いものが、あるのかもしれない。

 離反艦隊を撃滅するのは実際的に不可能で、それなら彼らを好きにさせればいい。

 そう考える理由は、離反艦隊が例えば火星駐屯軍を壊滅させて、そのまま火星に拠る、というような選択肢がありそうなものなのに、そうしようとしないことが、挙げられる。

 どうも離反艦隊は、そのままどこか、遥か彼方を目指しているようなのだ。

 エイプリル中将は管理艦隊を指揮して、非支配宙域で独立派と呼ばれるテロリストのようなものと、戦い続けていたはずだ。

 その目から見れば、宇宙の果てしなさ、そして不安定さが、如実に見えたと想像出来る。

 通信室の明かりがやや薄暗くなり、端末の上に立体映像が浮かび上がった。

 そこにいるのは、半分白くなった頭髪と髭が印象的な初老の士官だった。髭はほとんど顔の半分を覆っている。制服の襟章は大佐。

「初めまして。ヴェルベット・ハンニバル大佐だね? 私は管理艦隊のハンター・ウィッソンというものだ」

「ヴェルベット・ハンニバルです。どのような要件でしょうか、ハンター大佐」

 通信にタイムラグがある。相手がすぐに反応しない。

 やっと、うん、と頷いて、相手の士官はじっとヴェルベットの目を覗くような素振りをした。

 実際に対面しているわけじゃないのだが、そうして何かが見えるのだろうか。対面しても、瞳の奥に真理を発見できる場面は少ないものだ。

「実は、優秀な士官、できれば艦長経験者を探している」

「俺には、今の艦がありますよ」

「雷撃艦ランプリエールだな。知っているよ。戦果が派手で、武名は管理艦隊にいても耳に入るのだ」

 意外ではないが、ヴェルベットしては自分に対する悪評も聞こえているだろうと思わずにはいられない。

「そこまで耳がよく聞こえるなら、俺の悪名も聞こえてますかね、ハンター大佐」

 やはりタイムラグのせいで、かなりずれたタイミングでくすくすと初老の大佐は笑い、それはそうだ、と堂々と答えた。

「艦と乗組員を捨てるような戦い方をする。しかしそれもまた、持ち味だと思う」

 思わぬ評価に、今度はヴェルベットがハンター大佐の立体映像の瞳を覗き込む番だった。もちろん、何も見えない。映像なのだ。

 老士官が平然と言う。

「しかし私としては、艦を捨てるような戦い方は推奨しない。攻める姿勢だけは認める」

「それは、どうも」

 不思議と、この髭面の大佐が実戦的な思考の持ち主だと、理解できた。

 それは第三十一艦隊、火星駐屯軍、もしくは連邦宇宙軍に欠けている思考法である。

 さすがは管理艦隊、と思ったヴェルベットに、ハンター大佐は、離反艦隊をどうするべきだと思うか、訊ねてきた。

「こちらの通信室には他に誰もいない。私も口は堅いつもりだ。言いたいことを言ってくれ。私はきみの意見に興味がある」

 ヴェルベットは思わず天井を見上げて、短い時間で話す内容を考えた。

 最初に口にしたのは、連邦宇宙軍、地球連邦をどう立て直すか、だった。

 離反しようとするものを自由にさせ、去るに任せる。もし、ただ自由になりたいだけなら、共存する道を探り、それが不可能な時に、初めて本当の戦争になる。

 ハンター大佐は即座に、人間が生きていくための生産拠点がいるだろう、と言った。

 それはヴェルベットも考えていた。人間には大地が必要であり、水も大気も必要になる。

 それらが今のところ、地球、月、火星くらいしか自由になる範囲に存在しないことを考えれば、独立派や離反艦隊は、その一部を何らかの形で奪おうとするのが道理だ。

 その生産地を割譲することを連邦が肯んずるか、も論点になる。

 しばらく、ヴェルベットは話をした。話題は多岐に渡り、艦の運用、艦隊の運用、戦略や戦術、そんなことが重点的に話題に上がっていった。

 ハンター大佐は通信のタイムラグもあったが、的確な質問と、筋道の立った自分の意見を口にして、ヴェルベットはより話に熱中することになった。

 できることなら、直接に話したいとさえも思った。

 一時間半ほどの会話の後、有意義だった、とハンター大佐は簡潔に締めくくった。

「この話し合いは、何のためなのですか、ハンター大佐」

 率直な疑問をぶつけると、初老の士官は笑ったようだ。目元でそれがわかる。

「きみという人物を知りたかったのだよ。思ったよりも面白い人間だし、視野が広いと感じた。それは噂にはなかったものだ。それを知れたのが、有意義だ、と言った理由だよ」

「何かの試験ですか?」

 もう切るよ、とハンター大佐は質問への答えを明言しなかった。

 通信が切れてから、相手がどこの艦に乗っているのか、調べるのを忘れているのに気付き、履歴を閲覧して、通信先をチェックした。

 場所はホールデン級宇宙基地カイロだった。これでは管理艦隊からの通信というだけで、他は何もわからない。

 管理艦隊の名簿は手に入るかな、と思いながら、明かりの光量が通常に戻るのを待たず、ヴェルベットは部屋を出た。

 通路で、副長が顔をしかめて待ち構えていた。

「俺にもよくわからん」

 何か言われる前に、その口を閉じさせるために、ヴェルベットは言った。

 本当に、よくわからないのだ。

 あの大佐は、何を知りたかったんだ?



(第4話 了)

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