3-5 次なる場所

     ◆


 ハンターは執務室の端末に表示されている十四人の個人情報のウインドウの、その一番手前にあるものを次々と変えていく。

 一番の難題は、艦長よりも操舵管理官だな、と考えていた。

 ハンターがカード曹長を選んだのは、純粋な技能で判断しての選択だった。

 それがザックス曹長と組み合わさった時、思わぬ科学変化が起きたし、それはユキムラ准尉を加えたことで、より加速し、より良い方向へ進んだ。

 カード曹長とザックス曹長の連携と同じような、不規則を読み解き、最適解を常に見つけ出し続ける、更新し続けられる組み合わせは、ハンターは見たことがなかった。

 もし操舵管理官と火器管制管理官とを同時に入れ替えるのなら、まだ別の可能性もあるが、ザックス曹長は残留する意向だ。

 会議から数日が過ぎたが、その間に二回、ザックス曹長が酒で前後不覚に陥った、という報告は聞いている。管轄はチューリングの軍医のクロエ女史で、しかし特に困っているようではない。

「逃げられる場所があるのはいいことですから」

 女医はそんな風に言っていた。

 ハンターもアルコールに逃げることが悪いとは言えなかった。

 ハンター自身こそ、戦場から身を引く、逃げ出すことを選んでいるのだ。

 女医には程々に健康を管理してやって欲しいと頼んだが、クロエ女史は微笑んだだけだった。

 とにかく、ザックス曹長の技量を発揮させることができる操舵管理官が必要だが、都合良く、それが見つかるわけもなかった。

 候補は大勢いても、何が起こるかはわからない。

 いっそのこと、カード曹長の部下を一人、引き上げるか。そう思ったこともあるが、実際の問題として、カード曹長の技術を正確に受け継いでいる部下はいない。

 それにハンターとしては、ザックス曹長との相性だけを考えるわけにもいかない。

 他の管理官や、新しい艦長の性質とも合致している必要がある。

 艦というものが個性を持つのを、ハンターは間近で見たし、チューリングの個性というより癖は、ハンターが一から作ったようなものである。

 それが今、部分的に欠けているような状態だった。

 ドアのチャイムがなり、端末にはレイナ少佐の顔が表示される。

 ドアのロックを外すと、女性士官はつかつかと机に歩み寄ってくる、その前に、床に直接に置かれたいくつもの情報記録装置を避けた。

「管理艦隊司令部で、ウォルター・ウィリアムズ大尉の除隊許可が出ました」

 うん、と頷いて、ハンターは端末から顔を上げて、顎を撫でた。

「就職先を手配してやったか?」

「艦長の経歴をだいぶ、利用させてもらいましたけど。ドイツの次世代技術研究所が、応じてくれました」

「ドイツ? そいつはまた、近所だな」

「艦長はどちらへ?」

 さりげなくレイナ少佐が質問してくるのは、ハンターの意図した通りだった。レイナ少佐の方も誘導されたのではなく、自然な形での会話だ。つまり、阿吽の呼吸だった。

「私はイタリアだ。しかし仕事はしないな。年金で、のんびり暮らすさ」

「情報に埋もれて、ですか?」

「そういう未来を目指して働いてきた、という気がするよ」

 レイナ少佐がわずかに目を細め、低い声を出した。

「艦長は無責任です。乗組員や指揮官の交代は確かにあることですが、それは詭弁です。艦長は、もう辞めてくれと放り出されるまで、しがみつくべきです」

「そう言うな、少佐。誰にも事情はある」

 何も言わずに、視線だけが向けられてくる。

 その刺すような鋭さに、ハンターはともすれば表出しそうになる、自分の内心の動揺を笑いで誤魔化していた。

「これでも、もう老人だ。疲れたんだ。それじゃいかんかな」

 それはそれで良いでしょう、とレイナ少佐が頷き、ため息を吐いた。

 諦めた、というようなため息だった。

「副長として、チューリングの面倒は見ます」

「そういえばきみは、指揮官育成プログラムに参加していたな」

 レイナ少佐を近衛艦隊から引き抜いた時に見た個人情報にあった項目だ。

 連邦宇宙軍には幾つかの育成プログラムが制度として確立していて、それは各分野の管理官を育成するプログラムもあれば、艦を任される立場の指揮官を育成するものもある。

「途中で中断してますから、私を指揮官にするのは不可能です」

「別に育成プログラムが全てじゃあるまい」

「かもしれませんが、司令部は目で見て分かる結果や経歴を求めます」

 それもそうだ、と考えて、ハンターはこの話題を切り上げた。

 結果も経歴も怪しい自分に、ミリオン級を任せるような余地があったのが、今は完全に拭い去られている。

 それを考えれば、新艦長は攻勢の時に持ち味を発揮する人物が良いのかもしれない。

 管理艦隊は、すでに偵察や調査というものにこだわったり、いるかいないかわからない敵との遭遇に備えるような、気の長い作戦や任務に終始している場合ではない。

 地球連邦の最外縁部を受け持った、ある種のタガになってるのだ。

「カード曹長の方はどうなっている?」

 カード曹長の今後について、ハンターは何も知らない。レイナ少佐には、ウォルター大尉にしたように、何か職を見つけてやれとは言ってあった。

「カード曹長は、自分で探すと言って譲らないのですが、欲しがっている会社はあるようです」

「傭兵会社じゃないだろうな?」

「民間軍事会社と言ってください。違いますよ、普通の輸送船を運用する民間企業です。とりあえず、複数が興味を示してはいます」

 そこなら少しは、カード曹長の心も癒えるかもしれない。

 だとしても、まずは休息だろう。ハンターはレイナ少佐に、そのカード曹長を雇う気のある会社をリストアップするように指示をして、しかしカード曹長は放っておくように言った。

 副長が部屋を出て行って、ハンターはまた端末を操作し始めた。

 新艦長にふさわしい人物。

 守りではなく、攻めにこそ強みのある人物。

 それはあるいは、自分にはなかったものかもしれない。

 目が痛くなるまで、ハンターは端末を睨み続け、そうしてやっと、席を立った。食事の時間だ。

 ただ椅子から立っただけで、腰が痛む。

 もう、そういう歳なのだ。

 そんな自分が、どこか悲しく、しかし、嬉しくもある。

 年をとるのも、そう悪いことでもない。



(第3話 了)

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