最前線

4-1 生死の境界

     ◆


 ヴェルベット・ハンニバル大佐は舌打ちしたいのを無視して、ひたすら攻撃を指示していた。

「無茶ですよ、艦長! 味方かもしれません!」

「撃てば分かる! 粒子ビームじゃない、ミサイルだぞ! 安全装置がついているだろ!」

 火器管制管理官がうめき声をあげて、端末へ向き直る。

 ヴェルベットが指揮しているのは、火星駐屯軍第三十一艦隊に所属する雷撃艦ランプリエールだった。

 艦艇としては小型だが、とにかく魚雷とミサイルは抱え込んでいる。

 座標は地球と火星の間の宙域で、びっくりするほど艦船が入り乱れていた。

 敵と味方があるはずが、敵も味方も同型の艦を多数、擁しているため、判断がつきづらい。

 その上、敵味方識別信号を切ったり、欺瞞したりして、味方だと思っていた艦に至近距離から集中砲火を浴びる場面もあった。

 乱戦になっているのだ。もはや、下手な手加減は自分たちの寿命を縮めるだけだった。

 そもそもからして、こんなところで戦わざるをえないのは、敵に翻弄されているということになる。その事実に、ヴェルベットは思わず舌打ちした。聞き咎めた副長が一瞥したのがわかった。それも気にくわない。

 いきなり、地球にほど近い座標にある廃棄コロニーから、正体不明の艦が三隻、出現した。

 それは近衛艦隊が急行して、事実確認をしようとした時には、準光速航行で逃げ出していた。

 超大型戦艦と呼ばれた三隻の所属不明艦は、火星のすぐそばに現れ、驚くべきことに、火星駐屯軍の一部がそれに呼応し、脱走した。人員だけで逃げるわけではない、自然と火星駐屯軍の軍艦が敵に寝返った形である。

 そのまま超大型戦艦は太陽系の外縁、木星方面へ向かっていったようだ。

 ヴェルベットがこの話を聞いた時、まず考えたのは、敵ができた、ということだった。

 火星駐屯軍では細々とした任務や訓練ばかりで、地球連邦軍全体としても、はっきりとした敵がいなかった。軍はあっても敵がいない。軍は引き締めのための装置であり、しかし引き締める対象はとりあえずは軍がなくともまとまっていた。

 それが今、本当の敵を、それも至近に見出しつつある。

 彼は指揮している雷撃艦ランプリエールに、通常より余計に弾薬を積ませようとし、副長に反発され、これを黙らせる前に事態は動き出した形だった。

 地球の周囲を守る近衛艦隊から、離反した艦船が無数にあり、小艦隊という表現では不足な数の集団と見る間に変わり、火星方面へ向かっているというのだった。

 どこの誰が考えたかは知らないが、火星駐屯軍の一部がこの艦隊を正面から粉砕する任務で進発した。

 考えなくてもわかるが、準光速航行を限界まで続ければ、何の抵抗も受けずに安全な場所、非支配宙域に脱出できる。

 敵がそれをしないのは、火星駐屯軍を引き付けるためだと、ヴェルベットは見ていたが、しかしここで離反艦隊を無視できないのは、火星駐屯軍の内部にもまだいるだろう、寝返る艦船の存在を考えると、地球方面からの離反艦隊と火星方面からの裏切り者の間で、何も知らない火星駐屯軍の艦船が挟撃を受ける現実だ。

 離反艦隊が火星を素通りしないのは、その挟撃の可能性を明示して、火星駐屯軍の火星周辺の防御を限定する作戦なのだと思うよりない。

 そして火星からの脱走艦は地球からの脱走艦と連携すれば、おおよそ逃げおおせる。

 そうとはわかってはいても無視できない。

 ヴェルベットがどれだけ考えたところで、現状では敵の作戦に真っ向からぶつかるしかないのが、不愉快だった。挟撃に飛び込むとは、狂気の沙汰だ。

 連邦宇宙軍、いや、地球連邦が、離反する者、それも強硬手段で離反する者を抱えた。その身のうちに離反者を生み出した。そもそもそのことが、問題なのだ。

 こうなってはどれだけの数の艦を指揮しても、限界は間近だと思わざるを得ない。

 ヴェルベットはすでにランプリエールで二隻の駆逐艦を撃沈し、高速艦を一隻、航行不能にしていた。

 索敵管理官が方々と連絡を取り、敵味方の判別や味方の損耗についてひっきりなしにヴェルベットに報告してくる。

 火器管制管理官はヴェルベットの無理やりな攻撃命令に、投げやりな様子で従っていた。

「艦長! あまりに突出しています! 味方との距離が広すぎます! 我が艦は孤立します!」

「構わんから、とにかく一隻でも撃沈しろ!」

 殺気さえ感じさせる視線で自分を見る操舵管理官に、ヴェルベットはほとんど殺意を込めた視線を向け、黙らせた。

「進路は二九-七六-〇六だ、准尉。そこから敵の前方を滑るように進め」

 操舵管理官は真っ青な顔を呆然とさせ、次にはしかめ、悲壮な様子で端末に向き直ると、操舵装置をぐっと勢いよくひねる。

「急げよ、推力全開、あと十五秒だ」

 呟くヴェルベットに誰も何も言わず、艦運用管理官が被弾しての軽度の損傷を連続して報告し、その中には推進装置と姿勢制御スラスターの不具合などもある。とりあえず、内殻が破れるような悲劇は起きていないし、火災もない。

 ガクン、と艦が揺れる。

 メインスクリーンの中ではランプリエールは、敵の駆逐艦三隻が味方の戦闘艦二隻に豪雨のような猛攻撃をかけているところへ、横からぶつかる形になっていた。

 そのために、敵の戦闘艦一隻の前を横切る必要がある。

 ほんの一瞬のようなものだが、その間、ランプリエールは敵に横腹を晒して、純粋に敵には攻撃を叩き込む面積が絶好と言っていいほど広くなる。

 何か、操舵管理官が呻いて、喚き出した。

 無視だ。

「魚雷、一番から四番、発射だ!」

 敵駆逐艦のことだけを考えた。

 自分たちが死ぬとしたら、そういう運命だ。

 火器管制管理官が悲鳴のように命令を復唱し、メインスクリーンに魚雷発射が表示される。

「高速ミサイル、一番から四番、続けて撃て!」

 復唱がなかったのは、艦が横から殴れたように不規則にいきなり動いたからで、発令所の明かりが赤に変わる。

「照準を誤るなよ!」

 そのヴェルベットの発言に、誰も答えない。

 サイレンが鳴り始める。

 しかしメインスクリーンにはミサイル発射の表示が出ている。

 すでに敵の駆逐艦の二隻は、高速魚雷を受けて、爆煙を上げ、姿勢を乱している。三隻目にはミサイル攻撃は迎撃されたものの、味方の戦闘艦からも火線が集中する。

 ヴェルベットは手元の端末で、味方の状態と敵の位置を、素早く確認した。

 サイレンはやまない。

 しかし、戦闘は続行だ。



(続く)

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