3-4 それぞれの顔

     ◆


 ハンターが決めた日、その時間、会議室には全ての管理官が揃っていた。

「まるで敵に包囲されているような空気だな」

 部屋に入った途端、思わずハンターは冗談を言ったが、誰も反応しなかった。

 酒の匂いがする、と思ってそちらを見ると、赤ら顔のザックス曹長がいる。アルコール分解薬を使っていないのかもしれないが、強い視線を返してくる。意識ははっきりしているから、とハンターは見逃すことにした。

 それから手短に、退官することを改めて伝え、後任の艦長にはハンターが責任を持つ、とも言った。

「どこの誰を引っ張ってくるわけです、ボス」

 やはり酒臭い息を吐きながら、ザックス曹長がすごんできても、ハンターは平然としていられた。

 こういう変な胆力は、嫌でも鍛えられるのがミリオン級の任務だった。

「まだ確定じゃないが、人選は進んでいる」

「俺やカードやユキムラを引っ張ったように、ですか。さすがに軍人ですよね」

「もちろんだ、曹長。もう民間人に任せられる段階ではない」

 自分で言っておきながら、それはつまり、チャンドラセカルの艦長は例外が上に例外になった、という意味に受け取れる発言だった。

 才能や知識、機転、発想、そういうものが揃っていたとはいえ、管理艦隊が民間人に最新鋭艦の指揮を任せるような余地は、すでに消えている。

 管理艦隊もだし、火星駐屯軍も近衛艦隊ですら、すでに今は平時ではないと認識している。

「カード曹長とウォルター大尉も同時に船を降りる」

 これにはさすがに反応があった。

 ザックス曹長が隣の席で目をつむっているカード曹長を睨みつける。カード曹長は時間とともに明らかに痩せて、頬がこけている。目の下のクマも深かった。

 海兵隊から顔を出しているオードリー・ブラックス少尉がじっとウォルターを見るが、そのウォルターはおどけた表情をしている。

 ロイド・エルロ中尉が視線をレイナ少佐に送り、ほぼ同時にエルメス・ローズ准尉もレイナ少佐を見た。ハンターの横にいる少佐は、わずかに顔を伏せているようだ。

「それで、艦はどうなるんです」

 ロイド中尉が冷静な声で疑問を提示した。

「もし三人が船からいなくなると、戦闘力というより、根本的な運用に支障が出るのでは」

「ここは軍隊だぞ、ロイド中尉。相手が誰であろうと、協力する時は協力し、連携する時は連携する。誰と組んでも万全の態勢でいられるようにするものだ」

 説教をする気はなかったので、表情だけは言葉と裏腹に陽気にしている。

 それに気づいたようで、ロイド中尉もわずかに顔を伏せ、「失礼しました」と謝罪した。

 とにかく、ハンターはすでに管理官に最適な人員の人選を進めているので、二週間もすれば新しい顔ぶれは揃うだろう。

 それまでの間、もしもの時に動けるように、カード曹長とウォルター大尉には部下を配置しておくように指示を出した。

 さすがに独立派も宇宙ドックを狙うことはないだろうし、それに管理艦隊は宇宙ドックも他の宇宙基地も、ガチガチに防御している。

 ハンターの話が終わると、解散だ。

 もうこの顔ぶれが揃うことはないかもしれない。

 ザックス曹長がカード曹長に絡み始め、自然とユキムラ准尉がそれに加わる。ザックス曹長は本気でカード曹長を殴り飛ばしそうな雰囲気だったが、うまくユキムラ准尉が抑えているようだ。

 ウォルター大尉は、オードリー少尉と何か嬉しそうに話をしながら、部屋を出て行った。しかし嬉しそうなのはウォルター大尉だけで、オードリー少尉は不愉快そうだった。

 レイナ少佐にはロイド中尉が何か話しかけ、エルメス准尉はそれを席から立たずに見ている。

「中尉」

 ハンターは先に伝えておこうとロイド中尉に声をかけた。

 すでに包帯もガーゼもなくなっているが、彼の顔の左のこめかみの上から頬の上まで、一直線に傷跡が走っているのが生々しい。

 だいぶ剣呑な顔になったが、雰囲気は前と同じ冷静沈着なそれである。

「きみは大尉に昇進だ。少佐をうまく、フォローしてやってくれ」

「了解しました」

 敬礼しようとするのを押しとどめ、ハンターは席を立った。

 通路を一人で進み、チューリングの方へ自然と足が向いた。

 広い空間に出て、キャットウォークをゆっくりと歩く。

 ミリオン級のシャープな輪郭は、本来の姿に戻りつつある。

 見知らぬ装置があり、それをウォルター大尉の部下の機関部員たちが取り巻き、何か説明を受けている。説明をしている方は背広の男だ。風貌からするとメーカーの研究者らしい。

 視線を艦に戻し、この艦で過ごした時のことを考えた。

 充実していただろう。

 ただ、ハンターの入る棺桶としては、豪華すぎる。

 ゆっくりと歩を進めて、階段を下りていく。

 ここが我が家だった。

 そう思いながら、無重力の範囲に体を進め、宙に浮いて、リューリングへ近づいていく。

 そっと手を伸ばし、装甲に触れると、ひんやりとした温度が伝わってきた。



(続く)

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