3-2 弱い男
◆
カード曹長とは宇宙ドックフラニーの格納庫で会った。
そこをカード曹長が指定したのだが、カード曹長は強化外骨格のスペアパーツが入っていると表記されているコンテナの上に寝そべっていた。
「何か、ここにした理由があるのかな」
そう声をかけると、横になったままカード曹長が首をひねってハンターに笑みを見せる。こちらを見下ろすような位置だった。
「特に理由はないですね。ただ、居心地はいい」
格納庫は森閑としていて、人の出入りも少ない。遠くで整備士たちが強化外骨格や無人戦闘機を整備する音がかすかに聞こえる。ただ、いかにも穏やかで、普段の日常が持つ安定感のようなものが空気にある。
「上がってみようかな」
コンテナの上に登り、ハンターはカード曹長の横に寝転がってみた。
格納庫の天井にも、チューリングを今もいじっているようなものと同じ、工作機器であるロボットアームがいくつもある。ここでは折りたたまれているものがほとんどだ。
「実はですね、艦長」
カード曹長がゆっくりと喋り始める。話をすることになるとハンターは理解していたし、深刻な内容かもしれないとも覚悟していた。
「例の敵の潜航艦に襲われた後から、どうも、眠れないんです」
「そうか」
宇宙軍ではあまり使われないが、白兵戦を行う陸軍などでは、薬物が兵士に配られることがある。
恐怖を忘れることを強制するような、非人道的とも言える薬物だ。
それとは意図は異なっても、様々な薬物が兵士には処方され、眠れなければ眠らせるし、食欲がなければ食欲をわかせる、そういう強制はないわけではない。
「眠ろうとしても、なぜか、眠れない。頭が何かを考えているわけではないんですか、目を閉じても、少しも落ち着かない」
「辛いだろうな」
「死ぬよりはマシでしょう」
あの戦闘で、ロイド中尉が大怪我をしたが、カード曹長もまた、心に傷を負ったのか。
「ザックスの奴は、酒を飲めと言いますがね、俺はあまり酒が好きじゃない。酔っても、それは眠るのとはわけが違う。意識を失うだけだ」
「どう違う?」
「疲れ切って倒れるのと、突き倒されるのと、それくらい違いますね」
そういうジョークが言える程度には、カード曹長はまだまともなのだとハンターは思った。
その冗談さえ言えなくなれば、終わりだろう。
「私が艦を降りるのは、もう決めたことだ」
「俺も一緒に降りちゃいけませんか、艦長」
「止めはせんよ」
そうですか、と息を吐くような言葉の発し方をして、カード曹長は天井を見ているようだ。
しばらくの沈黙の後、俺は臆病ですかね、とカード曹長が呟いた。
「一度の戦闘で死にかけて、それでダメになる程度の、弱い男ってことですか」
「あれは私にも、重い」
「人が死にましたしね。自分が生きているのが、不思議だ」
カード曹長の経歴は、ちゃんと覚えている。
宇宙海賊の一員で、最初は戦闘行為にも関わったようだが、チューリングが直面した事態とは、違うんだろう。
きっと容赦なく、殺すために殺してこようとする相手は、いなかったはずだ。
連邦宇宙軍は宇宙海賊に対処するとき、拿捕することをまず目指すものだが、チューリングはあの時、敵潜航艦に一撃で葬られるところだった。
実際、艦は沈まなくても乗組員は死んだ。
「軍を抜けて、どうするつもりだ?」
「そうですね、民間の船で操舵士か、航宙士にでもなりますかね。管理艦隊で働いたのは、海賊だったと言うより悪くはない経歴でしょうし」
「それがいい」
「艦長はどうするんです?」
退官することは考えていた。
その後は、循環器に関する研究所にでも首を突っ込んでもいいが、今更、こんな老いぼれを必要とする場所はないだろうし、迷惑だろう。
そうなれば、ひっそりと隠棲するか。
「また眠れるようになればいいんだけどなぁ。もう俺も、年貢の納め時かな」
カード曹長がそう言って起き上がった。
「艦長」
その人工音声にハンターもゆっくりと体を起こした。どうやらカード曹長はその気配を察していたらしい。
コンテナの下に、いつの間にかレイナ少佐が立ち、その横にユキムラ准尉のカプセルがある。そのカプセルの上で、カメラがこちらを見上げる。
「お話をしたい、と思ってきました」
「うん、私もだ」
カード曹長の方を見ると、少しだけ柔らかい表情の笑みが返ってくる。
コンテナから飛び降りると、姿勢が乱れ、それを素早くレイナ少佐が支えた。
「すまんな、年をとったということだ」
「そのようなことはありません」
素早くレイナ少佐がフォローするが、ハンターとしては笑うしかない。そんな気を使う必要はないのだが、変に礼儀正しく、真面目なのだ。そういうところは未だに崩れていない。
「どこで話す、准尉?」
「この格納庫にある管制室、肉眼で周囲を確認する部屋がありますから、そこで」
「宇宙を見ながら、話すか」
ユキムラ准尉のカプセルが頷くようにわずかに上下して、そのまま足のローラーで走り始める。ハンターはそれを追いかけ、さらにそれをレイナ少佐が追っている。
管制室に入ると、当直の伍長が驚いたように三人組を見て、目を白黒させた。
「ちょっと騒がしくするよ」
ハンターがそういうと、伍長は慌てて直立し、「席を外しましょうか」と言ったが、ハンターはそれを止めた。
居心地の悪そうな伍長が横にいる形で、ハンターとレイナ少佐は空いている椅子に座った。
「艦長、本当にチューリングを降りるのですか?」
まあな、と応じて、ハンターはユキムラ准尉のカメラをじっと見た。
わずかにフォーカスが調整されたのが見えた。
(続く)
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