第3話 去る者

3-1 決意

     ◆


 ハンターはレイナ少佐を呼び出し、そのまま二人で連れ立って通信室へ向かった。

「何の会議ですか?」

 宇宙ドックのフラニーではチューリングの修復が急ピッチで進められていて、ハンターもレイナ少佐も、他の管理官達も忙しい日々を過ごしている。

 レイナ少佐も何か、仕事をしていたのだろう。予定が狂っただろうが、綺麗にそういう不満を隠せるのが、この副長のいいところだ。

「司令部とのやり取りをする必要がある」

「司令部ですか?」

 管理艦隊は今、宙に浮いたような形で、独立派はそのまま離脱派とも呼ばれるようになり、彼らは支配権が曖昧な宇宙を行き来するのではなく、はっきりとした意志を持って、逃げ出そうとしている。

 今は、管理艦隊も、他の連邦宇宙軍も、連邦に反旗を翻すものを鹵獲し、場合によっては撃沈することに終始していて、これではほとんど仲間内で殺しあっているようなものだった。

 ただ、一部の連邦宇宙軍の高級士官たちは、連邦軍の圧力による事態の掌握と収拾を目指しているとも聞く。

 管理艦隊司令部は、それ自体の意思よりも、統合本部や連邦宇宙軍総司令部の指示に従う場面が多いのが実際である。

 ハンターは「呼び出したのはこちらだ」と副長に応じて、笑みを見せてみたが、レイナ少佐は訝しげな表情をしている。

 通信室に入ると、すぐに照明が薄暗くなり、目の前に一人の初老の男性が浮かび上がる。

 エイプリル中将だ。

「大佐、重要な要件というが、手短に頼む」

 ギシギシとした声は、スピーカーの音質によるものではないのだが、変に距離を意識させた。

「私は、チューリングを降りたいと思います」

 レイナ少佐がハンターの背後にいるが、後頭部に視線を感じた。振り向く必要はない。

 エイプリル中将は何かを考える素振りの後、わずかに身を乗り出す。

「臆したか?」

 的確な問いかけで、ハンターも想定していた。

「私よりも適任のものがいるでしょう。ミリオン級の運用、循環器システム、スネーク航行、性能変化装甲、全ての扱い方ががおおよそ、敵には把握されています。なら、もっと別の指揮官の下で、その能力を生かすべきです」

「大佐、きみの技能はミリオン級の性能を引き出す役には立った。ただ、それだけを求めていたわけではない」

「私はあまりにも部下を多く失いました。おそらく、そういう意味では私は臆したのでしょう」

 自分の怯懦をここまではっきりさせるのは、ハンター自身にとっても新鮮だった。

 ハンターは長く機関士として過ごし、機関管理官として責任者になっていた期間も長い。

 旧型の機関や循環器を前にして、命の危機につながる事故にも遭遇した。

 ただ、その実際的な死を前にしても怯えは心に差さなかった。

 機械を相手にするのと、人間をまとめるのは、まったく違うとやっとハンターにも気づけたということだ。

「軍のどこかにポストを用意してもいいが、そういう雰囲気でもないな」

 どうやらエイプリル中将は、ハンターの希望を支持するようだが、その表情に何か、珍しいことに、からかうような色が表出した。

「きみの管理官達に話をして、それで決めればいい。ミリオン級を管理艦隊は少しだけ、特殊な集団として認識している」

「どういう意味ですか、中将閣下」

「普通の艦船よりも、強い絆が育まれるようだ」

 それはあるだろう、と思いながら、しかし我々は軍人だ、ともハンターは思った。

「話し合ってから決断したまえ。まずはその、怖い顔をしているきみの部下の少佐を、元の表情に戻せ。それからもう一度、話を聞こう」

 通信が切れて、部屋の明かりが平常に戻る。

「艦長、退官されるおつもりですか?」

 振り返ると、本当にレイナ少佐が怖い顔をしていたので、思わず反射的にハンターは笑っていた。

「いつかは別の人間を指揮官に仰ぐのだから、何もおかしなところはない」

「そうですが……」

 口ごもるレイナ少佐だが、眉間のシワは変わらない。

「少し考えておいてくれ、少佐。私の方から、とりあえずは全ての管理官に、私が退官したいと思っていることは文書で伝える。それから実際に話そう」

「誰も、別の艦長を求めていないと思います」

「求めていないとしても、私たちはただの民間宇宙船に乗っているわけではないし、私がチューリングのオーナーでもない。司令部が変えると決めたら、きみも受け入れるだろう? 少佐。違うのか?』

 憮然とした顔で、「話し合いましょう」とレイナ少佐は不服そうに応じた。

 一度、フラニーに用意されている執務室へ戻り、そこでハンターが自分で管理官への通知を入力し、送信した。会議の日時も先に提示した。粘り強く説得する、ということはこの件では好ましくないし、ハンター自身も、時間が経つことで自分の決断が鈍ることを考えないわけではない。

 送信された表示が端末に出てから、ハンターは椅子にもたれかかり、しかし気を取り直したように、机の上に山のようになっている紙の書類の束から、まとめられた数枚の書類を引っ張り出した。

 それは戦死者一覧だった。

 自分たちが戦闘行為を行っているのだから、今まで、この書類と同程度か、それ以上の敵を殺していたはずだ。

 平和なんて、夢か、幻か。

 じっと紙をめくりながら目を落とし、考えた。

 チャンドラセカルの艦長は、戦死者の遺族に素性を隠して会ったという話を聞いている。

 自分はそんな勇気はないし、胆力もないと、ハンターは考えた。

 自分の失敗で家族を失ったものに、どうやって会えばいいのか。何かを話せるだろうか。

 端末がメッセージの受信を表示する。

 こういう時、ユキムラ准尉が真っ先に反応するだろう、と思っていたが、意外にもカード曹長からだった。

 その文面は短く、退官してどうするか、それを訊ねていた。

 端末の前で、ハンターは天井を仰いだ。

 ずっと軍で生きてきた。そして宇宙で生きてきた。

 他の生き方を、ハンターはよく知らないのだった。



(続く)

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