9-5 対抗策

     ◆


 宇宙ドックジョーカーの中の会議室に、ヨシノ、イアン中佐、全管理官、さらに下士官までが集められていた。

 まだ命令書は届かないが、ヘンリエッタ准尉が千里眼システムからの情報と、管理艦隊が記録していたチューリングの索敵記録を確認して、会議室の真ん中に問題の宙域が再現されている。

「どうやら敵は、こちらと同等の性能の艦だと思われます」

 ヨシノが全員を前にそういうと、ざわっと声が上がった。平然としているのはイアン中佐くらいで、さすがに歴戦の管理官たちも表情を強張らせていた。

「チューリングが襲撃された状況は、この立体映像の通りです。今、リューリングは管理艦隊が指定した安全座標へ逃げていますが、敵がこの座標を知っているのは疑いようのない事態になっています」

「なぜ敵が知っているのですか?」

 挙手して発言したのは、アンナ少尉だった。ヨシノは彼女を見て答える。

「管理艦隊の内部から、情報の漏洩の可能性があります。どこまでの情報が流出したかは不明ですが、今の時点で敵がチューリングを襲ったということは、安全座標を知っているはずです。敵からしても、一撃で仕留められないと考えるのが、希望を持たない、願望を挟まない常識的な思考でしょうから。もちろん、一撃で仕留める可能性もありましたが、そうしていない。追いかけるつもりでしょう」

「一撃して追い払った、という可能性は?」

「ありません。僕だったら、チューリングを逃して、助けに来た艦を撃破します。そうでなければ、チューリングを完全に葬り去って、採集された彼らの兵器に関する詳細な記録を消すでしょう。これはチューリングを拿捕するより高い確率の可能性です」

 敵さんの秘密兵器ってことか、とアンナ少尉が肩をすくめる。

 話を停止させる間もないので、ヨシノは重要事項に進んだ。

「チューリングが逃げ込もうとしている安全座標は、チューリングが飛び込むまで十七日、ジョーカーからは十四日です。猶予は三日ですが、その猶予は今も刻々と消えています。ここにいない下士官が、チャンドラセカルの最終確認と物資の積み込みをしていて、それが終わるのにおおよそ十二時間ですから、実質的な猶予は二日とみるべきです」

 おいおい、と誰かが声を漏らすのがきっかけになり、下士官たちがめいめいに会話を始める。

「皆さんの意見を聞きたいと思います」

 ヨシノがそういうと全ての視線が彼を見た。

「どのような敵が潜んでいて、どのように撃破することが可能か、少しでもアイディアがあれば、聞かせてください。今から僕の携帯端末への自由な投書を可能にします。出航は食料と弾薬、燃料液の積み込みが終わり次第、可能な限り早く、実行されます。とりあえずは、解散です。それぞれの努力に期待します」

 イアン中佐が「解散!」と宣言し、管理官たちに疑問をぶつける下士官もいれば、下士官同士で意見を交わしながら部屋を出て行く者もいる。

 管理官たちも最後には部屋を出て行き、広い会議室に残ったのは、ヨシノ、イアン中佐、コウドウ中尉だった。

「いよいよ、この時が来た、ということかな、ヨシノ」

 疲れた様子のコウドウ中尉の言葉に、いよいよですね、とヨシノは応じるしかない。

「ミリオン級が不意打ちで撃破されることは、悪夢といえば悪夢、しかし正常な事態です」

 淡々とイアン中佐が意見を口にする。

「いつまでも優位を保つ兵器はありません。そして技術は進歩し続ける。人間もです」

「イアンさんの言う通りです。今は何か、対処法を考えないと」

「お前の頭脳でも答えは出ないのか?」

 コウドウ中尉の問いかけに、正直なところ、ヨシノに今、選び得る選択肢は、正体不明の敵との間で探り合いになる、という一点しかない。

 それも探り合いに遅れをとり、こちらが敵を察知する前に、敵にこちらを察知されれば、一方的に攻撃を受けるだろう。

 それを凌げるだろうか?

 姿の見えない敵からの不意打ちを、どうやって防ぐ?

「答えないということは、腹案がない、ということか」

 コウドウ中尉が肩をすくめてから、途端にギラリとした視線を見せた。

「このまま、あっさりと退場するくらいなら、最後には敵に体当たりでもして死にたいものだ」

 そんな言葉を残して、大股に、力強い歩調で老齢の機関管理官は会議室を出て行った。

「あの男は気概だけは特別だな」

 しみじみとイアン中佐がそう言って、先に会議室を出て行った。

 ため息を吐いて、どうするべきかを、ヨシノは天井を見上げて考えてみた。

 一対一、というのなら、まだマシかもしれないが、安全座標には手負いのチューリングが飛び込んでくるのだ。

 チューリングを守りながら戦うような余地があるのか。

 もう一度、ため息を吐いてから通路へ出ると、壁に寄りかかってヘンリエッタ准尉が待っていた。

「出航準備はどうしたのですか? ヘンリエッタさん」

 彼女は上目遣いにヨシノを見て、あまり一人で考えないでください、と言った。

「みんなで協力すれば答えが出る、とは言いませんが、でも、艦長が一人で背負い込む理由はありません」

「ええ、それは、わかっています」

「オットー准尉が艦長の体である艦を整えて、オーハイネ少尉が艦長の足になって、インストン准尉が艦長の武器になります。私は艦長の目です。みんなを、存分に使って、切り抜けてください」

 どうやらヘンリエッタ准尉に相当に心配されるほど、自分は悩んでいるように見えるらしい。

 感謝の言葉を口にしようとして、ヨシノは何かに引っかかりを覚えた。

 ヘンリエッタ准尉が、僕の目になる?

 それは、つまり……。

 そう、そうか、なるほど、それはどうにかなりそうだ。

「ありがとうございます、ヘンリエッタさん」

 勢い込んでそれだけ言うと、ヨシノは携帯端末を取り出し、すでに二十通ほどのメッセージが来ているのを後回しにして、ギルバート博士、チェン技術大佐、それとジョーカーでミリオン級への追加装備を開発している責任者の技術中佐を呼び出す。

 全員にメッセージを一斉送信する。

 不思議そうにこちらを見るヘンリエッタ准尉に気づき、ヨシノは頷いてみせた。

「負けと決まったわけではありません。勝負してみなくては」

 困惑したように、豹変したヨシノを見るヘンリエッタ准尉に、ヨシノはもう一度、強く頷いていた。

 そして、少しでも知恵を借りるべく、今も送られてくるメッセージを閲覧しながら、発令所へ向かった。



(第九話 了)

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