9-4 反転攻撃
◆
その報告は会議の場ではなく、艦長としての任務を補助する下士官が持ってきた書類に書かれていた。
もちろん、下士官には閲覧する権限はない。
下士官を下がらせ、与えられている私室のデスクに寄りかかった。
管理艦隊内部に暗殺者が潜んでいるのは由々しき事態だが、それ以上に問題なのはクラウン少将という人間が死んだ事実だ。
それは人員的な損失とは真逆の性質を連想させる。
クラウン少将が敵に内通していたのか?
だから処断された?
まさかそこまで高位の軍人が独立派勢力、もしくは反乱勢力に加担しているとなると、管理艦隊そのものの根本に欠陥があることになる。
正確には、その管理艦隊内部に浸透するほどの集団が、地球連邦に影響力を持たないわけがない。
この欠陥は管理艦隊の破綻以上に、地球連邦の破綻につながるのではないか。
しかしこれだけはどうしようもない。
どの組織であっても、一枚岩とはいかないものだ。
ヨシノが考えるべきは、チャンドラセカルだけでも全員が同じ方向を向くようにするには、どうすればいいかだった。
朝食は済ませた後で、会議に行くところだったから、自然と制服を整え、それから先ほどの秘密文書を制服のポケットに差し込んだ。
通路へ出て、重力の働いているそこを進んでいくと、通信機能のある会議室の前にイアン中佐が真っ直ぐに立っていた。敬礼をし合うような仲ではないので、イアン中佐はすぐに切り出してきた。
「今日の会議に出席する必要はない、と言われました。艦長、何かあったのですか」
「すぐに分かることです」
フォローにもならないだろうが、微笑みを見せる。
「しかし、艦長……」
「すぐわかりますよ、イアンさん。落ち着いてください」
室内に入り、後ろで自動ドアが閉じる。席に着席すると、自然と照明が暗くなった。
浮かび上がったのはエイプリル中将の姿だ。
「もう聞いたな? ヨシノ大佐」
「ええ、聞きました」
「彼の管轄を再確認するのに忙しいよ」
珍しく同情を引こうとするようにも見える表情で、エイプリル中将が俯く。
「まさか、彼が裏切り者とは」
やはりエイプリル中将はクラウン少将が敵に内通していたと考えているのだ。
「中将閣下の手の者の仕事ではないのですか?」
高いところから飛び込むつもりで、ヨシノは疑問をぶつけてみた。
すっとエイプリル中将が顔を上げ、無表情にヨシノを見る。
「私が暗殺などという手段を使うと思うのか?」
立体映像でも、人間の心理というものはよく見えるものだな、とヨシノは気を引き締めた。
「失礼しました」
「……そう思われても、仕方あるまい」
肩を落とし、しかし毅然と、先ほどよりも強気な仕草でエイプリル中将が顔を上げた。
「やったのは統合本部だろう。下手人は泳がすしかない。しかしこれで管理艦隊からの情報漏洩はぐっと抑えられるだろう。ただ、これは予想外だ、我々にとっても」
「ええ、それは、わかります」
高官の寝返りの重大さはヨシノも想像していたことだ。
「敵は管理艦隊での情報源を失い、結果、行動を始めるのですね。どう動くでしょうか」
「独立派勢力は管理艦隊に今、与えられる限りの打撃を与えるのではないか、と思っている。そうでなければ、今の時点での管理艦隊の監視の抜け穴から、逃げ出すだろう」
「前者だと、困ったことになります」
「私もそう思う。あの超大型戦艦が……」
急にエイプリル中将が明後日の方向を向いたので、まさか、とヨシノは想像した。
会議室に暗殺者がやってきて、それでエイプリル中将をこの場で射殺するのではないか、という妄想だ。
しかしそれは現実にはならなかった。
誰かが彼の手元に書類を差し込み、エイプリル中将はそれを一瞥してから、狼狽した様子で、しかしギリギリで管理された動きで、顎を撫で、それから首元を撫でた。
その様子を見守るしかないヨシノだが、やっと彼の方を見てエイプリル中将が顔をしかめた。
「さすがに動きが早い。チューリングが襲われている。逃げ出したようだ」
「チューリングが、ですか?」
それは予想外の展開だった。
チューリングは超大型戦艦とその護衛艦隊を見張っていたはずだ。襲われたということは、準光速航行の最中ではない。超大型戦艦が足を止めて、それに合わせてチューリングも足を止めていたのだろうか。
ただ、チューリングは間違いなく、シャドーモードに装甲を切り替え、スネーク航行で追尾しただろう。その上でミューターも搭載している。
それはそのままで受け取れば、チューリングの姿は全く敵に見えなかったはずなのだ。
出力モニターに類似した技術によって察知されたのだろうか。
「詳細はそちらに、ジョーカーに送っておくが、時間はないぞ、大佐」
「残り時間は、どれほどですか」
「チューリングは事前に設定した安全座標に向かっている。向こうから安全座標まで十七日ほどだ。そしてジョーカーからは十四日、猶予は三日ということになる。準光速航行を起動しているから、これ以上の追撃をしのげるが、クラウンのことを考えると、安全座標は露見しているだろう」
苦しいな、と正直、ヨシノは思った。
管理艦隊の艦船をそちらに急行させたところで、敵に狙われることになるだろう。
それもチューリングを撤退させるような敵にだ。
「ヨシノ大佐、至急、安全座標においてチューリングを保護しろ。命令書は即座に送る。会議も終わりだ。行け」
ヨシノは立ち上がり、まだ部屋が暗いままでも通路へ出た。
通路の光に目を細め、そこへ踏み出すとイアン中佐が先ほどと変わらぬ姿勢で直立していた。
「中佐、任務です」
急ぎのようですな、と呟き、通路を足早に歩き出したヨシノに、彼は落ち着いた様子でついてきた。部屋に入る前と後で、立場が逆だった。
その副長の落ち着きが、今はヨシノには羨ましかった。
(続く)
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