7-3 雑談

     ◆


 ヘンリエッタ准尉が把握している敵性艦船の出入りする宇宙基地は四十二、物資基地は八十五、その全てを洗い直す必要があった。

「こいつは手間ですよ、少尉」

 部下の伍長が呻くのに、さもありなん、というのがオーハイネの正直なところだった。

 その百を超える中継地点以外でも、俗に瀬取りと呼ばれる、何もない宇宙空間での物資のやり取りも頭に入れないといけない。

 可能性は無限大、というほどではないにしても、人間の把握できるパターンの数ではない。

「セイメイがフォローしてくれる。任せたからな」

「え? 少尉は何をするんです?」

 瞬きをする伍長に、こっちもやることがあるのさ、と言い置いて、オーハイネは伍長に作業室を任せて作戦計画室へ移動した。作業室はほんの三室しかなく、他の二部屋はすでにヘンリエッタ准尉の部下が使っている。

 これが一週間前のやりとり。

 伍長からの報告は何もわからないという領域から抜け出せていない。もっともオーハイネもまだ何にも辿り着いていない。

 考え事をしながらの食事を終えて、自分の作業部屋とした作戦立案室へ入ると、そこに一人でいたヘンリエッタ准尉が顔を上げた。

 どうやら大型端末に新たにわかった敵性艦船の航路を入力しているらしい。手作業でなく、小型の端末からデータを移しているようだった。

「ちょっと立体映像を借りるよ」

 断ってから、オーハイネは昨日の夜、寝る前に気になっている部分をピックアップして表示させた。

 自分の心に引っかかることを、検証する。それがオーハイネのやっていることだった。

 地球に最も近い民間の宇宙港、そして物資基地は合わせても十二。伍長に任せる分よりだいぶ限定されるが、それでも人間の能力には限界がある。

 その限界に挑むつもりで、オーハイネはこの一週間、電子頭脳のセイメイの助力を受けて、情報を洗っていた。今日は三つの物資基地とやり取りしている企業の記録を探らせた。

 非正規なルートで、データベースに忍び込んだセイメイは、即座に一覧にして表示するが、立体映像のウインドウは百近い。

 やれやれ、先は長いが、必要な過程だ。

 オーハイネは記録を確認し、これはと思うところを探り、空振りに終わり、また確認、探索、落胆を繰り返した。

「オーハイネ少尉」

 まだ退室していなかったヘンリエッタ准尉が声をかけてくるが、視界の外にいる。オーハイネもそちらを見ることはなく返事をした。

「何かあったかい?」

「アンナ少尉とはどういう関係ですか」

 場違いな気もするが、まぁ、世間話をするくらいの余地はある。

 それにヘンリエッタ准尉のここのところの激務を思えば、ちょっとは緊張を緩めてやるのもいいだろう。

「一応は、恋人かな。あまり二人でそういう確認もしていないけど」

「どうやって近づいたんですか?」

 近づいた、か。

 アンナ少尉と親しくなるより、今、オーハイネが格闘している膨大なデータの洗い出しの方が困難だと、ぼんやりオーハイネは考えた。

 両手はウインドウをなぞり、滑らせ、消していく。

「たまたま格納庫で、顔を合わせた。テニスをしていてね」

「え? オーハイネ少尉がですか?」

「そう。趣味なんだ。最近はやっていないけど」

 テニスという言葉が正確に伝わったかわからないが、ヘンリエッタ准尉が確認するようでもないので、伝わったと思うことにした。

 またデータは外れだ。この筋はやっぱり間違っているのだろうか。

 物資基地のリストは四施設をやり過ごしたところで、不意に手応えのようなものがあった。

 これか?

 そこからスルスルと情報が集まってくる。

「オーハイネ少尉は、どこまで、その、行ったんですか?」

「男女の関係としては、おおよそのところまで」

「大胆じゃないですか、少尉」

「そうかな。大胆じゃないと、気づかないこともある。今みたいにね」

 オーハイネの冗談がわかるわけもなく、はあ、とヘンリエッタ准尉の声がする。オーハイネはやや興奮していた。

 会話の内容とかではなく、目の前の作業で、当たりを引いた感触がある。

「ヘンリエッタ准尉も、ヨシノ艦長にその気があるのなら、思い切ってぶつかっていった方がいいよ」

 返事が返ってこない。返事もできない、それくらい初心ってことかもしれない。

 物資基地のデータはおおよそ全部が整理された。オーハイネの目論見はおおよそ当たっていた。目論見というより、膨大なデータの仕分けをせず、ヤマを張っただけだが、大当たりだった。

 金脈を見つけたようなものかな、と思いながら、民間の宇宙空港のデータで補強する作業に入る。

「懇親会で親しくしたくらいで満足していると、その先はないよ、多分ね」

 お節介かなと思いながら、女性士官に堂々と指南しながら、オーハイネはいくつか電子頭脳に指示を出し、最後にオーハイネが自ら仕分けたデータの解析も指示した。

 腕時計を見る。いつの間にか作戦立案室で三時間も作業していた。

 ヘンリエッタ准尉の返事がないのは、まさか逃げたのか?

 反射的に振り向いて、オーハイネは絶句していた。

 壁際に立って音もなくゼリー飲料をすすってそこにいるのは、ヨシノ艦長だった。

「懇親会で」

 ヨシノ艦長が微笑む。困ったような笑みだ。

「親しくしたくらいで満足しているのはダメなんですか?」

「い、いえ、艦長、それは……」

 しどろもどろになりながら、反撃する経路を別に見つけ出した。

「入ってきたのなら、声をかけてください。お人が悪い」

「集中しているようでしたから。食堂であなたの部下のツタ伍長が食事をして、泣きついてきたのであなたを探したのですが、何かわかったのですか?」

 どうやらヨシノ艦長もこちらの失言を見過ごしてくれるようだ。ほっとしてオーハイネは危うく座り込みそうになった。

 耐えて、立体映像を見せる。

「そろそろセイメイが結論を出します」

 電子音声が、完了しました、と告げる。

 立体映像が星海図から地球の立体映像に切り替わる。

 そして十二拠点から、地球へ伸びている線が数本、見える。

「これがおそらく、敵でしょうね」

 ゼリー飲料のパックのストローを口から離し、「詳しく教えてください」とヨシノ艦長が表情を引き締めた。


(続く)

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