7-2 人の目の届かない場所
◆
航路がここまで限定されるものだろうか。
まずオーハイネはそれを疑い、星海図を見て答えにたどり着いた。
一般的な航路ではない。遠回りや回り道を繰り返しているのだ。これでは本来の航路では一週間で着く距離でも、三週間は必要だろう。
「わかりましたか、オーハイネさん」
ヨシノ艦長に水を向けられて、ええ、と応じながら、手元のパネルで星海図の縮尺を加減する。
「よくこんな航路を作ったものです。管理艦隊どころか、火星駐屯軍ですらも把握していないのが不思議です」
「ミューターが普及しているか、そうでなければ、連邦宇宙軍の動向を把握しているのでしょうね。警戒網や、哨戒の航路か何かを」
「本気ですか 艦長」
呻くようにオットー准尉が発言する。
「敵がそこまで我々に浸透していると?」
「浸透じゃないかもしれません」
鋭いヨシノ艦長の指摘だったが、断片的だった。オーハイネが理解できたのは、星海図を見るのに慣れているからだ。
「これを見ればわかるだろうさ、オットー准尉」
そうオーハイネが示して見せたのは、無数の航路の末端の一つだ。
地球にほど近いところにある廃棄コロニーである。
「廃棄コロニー? 独立派勢力が秘密裏に根城にしているってことか?」
「その可能性もあるが、あるいはこの廃棄コロニーが敵に譲渡されているか、そもそも敵の持ち物なのかもしれない」
持ち物? とオットー准尉がつぶやき、何かを考えるように目を閉じた。
「オーハイネさんが言ったことを、僕も考えています」
ゆっくりとヨシノ艦長が解説する。
「敵は独立派勢力として外部にいるようで、実は内部にいるのかもしれない」
「内通者ではなく、いわば造反ということですね?」
解説するようなイアン中佐の質問に、その通りです、とヨシノ艦長が応じる。おいおい、とオットー准尉が目を閉じたまま、呻く。
「僕たちが監視している宇宙ドックもそうです。規模が余りに大きすぎる。途方もない財力の持ち主が、途方もない資材を集めて、多数の艦船を建造し、さらに多数の乗組員を訓練し、軍隊として運用させる、などということは、想像でも許される限度を超えています」
「国家規模だと?」
オットー准尉が目を開けて、慎重な口調で確認するのに、でしょうね、とヨシノ艦長は平然と応じている。
「ここに集まってもらったのは、これから僕たちがやるべきことが、極端に政治色の強いものになることを確認するためです。僕たち、チャンドラセカルは管理艦隊の所属で、管理艦隊は地球連邦宇宙軍の一角です。しかし、管理艦隊の敵は独立派勢力であって、連邦に反旗を翻す連邦の中の国家は果たして敵になるでしょうか」
口を閉じたヨシノ艦長が全員の顔に視線を送った。
「艦長は、連邦のために戦うのを良しとしないと?」
インストン准尉が腕組みしたまま言うと、敵味方を誰が決めるのかです、と艦長は微笑みながら応じた。
「インストンさんは連邦宇宙軍の艦船に向かって、引き金を引けますか?」
「敵なら、ですね。艦長のおっしゃることもわかりますよ。しかし、もし管理艦隊が連邦に背を向けたら、艦長はどうするんです?」
「僕個人の意見を口にしていいのなら、管理艦隊と連邦をはかりにかけて、良さそうな方を選びます。艦長としてどちらかを選べ、と言われたら、インストンさんや他の管理官にも意見を聞きますが」
ややこしいことです、とインストン准尉が投げやりな口調で言うと、まさに、とヨシノ艦長が応じている。
「副長の意見は?」
オーハイネが確認すると、初老の中佐は平然と嘯いたものだ。
「艦長に従うのが私の方針だよ、少尉」
「俺もそれに相乗りしていいですか?」
「若者は自分の道を自分で決めるものだよ。老人の戯言に相乗りする必要はない」
卑怯だなぁ、とオットー准尉が笑い、インストン准尉も笑っている。オーハイネも思わず笑みを見せてしまう。疲れを隠せないでいるヘンリエッタ准尉でさえも、わずかに雰囲気を緩めた。
冗談ばかり言っていられないが、とにかく、敵味方の判別が極端に困難にはなってきた。
オーハイネは、個人的な意見ですが、と前置きして発言した。
「まずはどこの誰がこんな大それたことをしているのか、それを知ってからでも遅くないでしょう。こうして我々は秘密裏に敵の出入りを把握している。出発点も終着点もわかるわけで、そこから敵が誰か、探るべきです」
「民間の航路に詳しいものは、オーハイネさんの部下にどれだけいますか?」
いきなりの問いかけに、オーハイネは記憶を探った。
「俺自身が民間の航路を知っていますが、他は、部下の伍長に民間出身者が一人います。しかしなぜ、民間の航路なのですか?」
「まさか国家機構そのものや国営企業が、物資や人員のやり取りをするわけがありません。民間企業のふりをするはずですし、どれだけ秘密裏の航路を使っても、どこかで民間の宇宙空港や物資基地を利用すると思うのです。始点と終点に詳しいものが我々には必要です」
それはまた、ややこしいな、とオーハイネは想像した。
民間の宇宙基地は無数にあり、物資基地はそれよりも数が多い。その上、運営しているのが一つの企業ということは滅多にない。複数の企業が共同で運営、活用するのだ。
「オーハイネさんには、ヘンリエッタさんと協力して、敵を探り出す任務にあたってもらいます。各管理官も、何か考えや意見があれば、遠慮なく僕に教えてください」
了解です、とめいめいに返事をして、会議は解散になった。
オーハイネはヘンリエッタ准尉を待たせて、改めて星海図を見た。
広大なる宇宙には、人の目が届かない陰影が無数にあるものだ。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます